2024年6月14日 (金)

3度目の転職 その1 転職決意の動機

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 はアメリカで働き始めてから今まで2度転職しています。
 1度目の転職については過去記事『青天の霹靂ーアメリカで失業ー』、『レジメの準備』、『レジメの書き方と職探しのアドバイス』、『レイオフに至った状況』、『ネットで転職活動』、『転職ワークショップ』、『面接~2ウィークス・ノーティス』、『退職後~使用期間~本採用』に書いてあるので興味のある方は参考にされてください。
 2度目の転職に関しては今のところ記事は書いていないのですが、機会があったら記事にする予定です。

 5月の末にの3度目の転職先が決まったので、記憶が新しいうちに経緯を記事にする事にしました。

 が今回の転職を考え始めたのは去年(2023年)の秋(10月末くらいだったと記憶)でした。

 理由は直属の上司のパワハラが激化したためです。

 の部署は入社当時は別の部門に属していたのですが、組織の編成が変わって2017年くらいに件の上司の組織に属するようになったそうです。
 この直属の上司は、他にもう1つ部署を抱えていて、の部署はその上司の分野とは畑違いなうえに、2人しか人がおらず部の規模が小さかったため、その上司にとってはお荷物のような扱いだったようです。
 お荷物なら放って置いてくれればよいのですが、その上司は過干渉で自分のやり方で事が運ばないと、部下にダメ出しして自分のやり方に従うように強制するタイプの人でした。
 毎週のようにその週に行った仕事の内容の詳細な報告メールを義務付けて、取引先との全てのメールをCcで共有するように指示し、自分のやり方と違っていたら、部下を呼びつけて説教し、自分の指示通りにしろと修正を強要してくる、部下に仕事を委任することの出来ないパワハラ気味の上司でした。

 2022年の秋に、と同じ部署で働いていた同僚のTさんが(表向きは?)家族の都合で仕事を辞め、その後新しく2023年の3月に採用された日系人女性の同僚が試用期間が終わって間もなくの7月末に辞めていきました。

 日系人同僚が辞めた時は一悶着あったらしく、件の上司が休暇を取っている間に、HR(人事課)へ辞職を告げに行ったそうです。
 アメリカでは被雇用者が辞職する時は手続きや引継ぎのため、辞める日の2週間前に直属の上司に文書で知らせる(2ウィークス・ノーティス)が一般的な辞職のプロセスなのですが、彼女は2ウィークス・ノーティスまる無視でHRに話を持って行ったようです。

 の勤めている会社の規定では、2ウィークス・ノーティスの期間は引継ぎのため出社が義務で、残った有給は清算して退職時に支払われる事になっているのですが、彼女は「最悪な職場環境だ!有給のお金なんていらん!今すぐ辞める!」と、言い捨てて職場を去ってしまったのだとか。

 件の上司は休暇を切り上げて説得のために戻ってきたのですが、彼女は聞き入れずに辞めていったそうです。

 その日系人同僚が辞めて以降、直属の上司の監視がさらに厳しくなり、取引先のみならず社内宛てのメールも全て共有するよう強制され、親睦会などで他部署の人と雑談していたら、何を話していたのかしつっこく詮索して来るようになったそうです。

 その上に辞めた日系人の同僚の分まで仕事を押し付けられ、引継ぎなしで仕事を振られたため、状況を把握するのに時間がかかり、直属の上司のスケジュール通り押し付けられた仕事が進まなかった事を執拗に叱責されたりしていました。

 パワハラが酷くなったのは、辞めた日系人同僚の後釜が2023年の10月に見つかった頃からでした。
 取引先に提出する書類の英語がおかしいからやり直せなど、ダメだしが激しくなり、何度も書き直しを要求して言われた通り直すまで書類にサインをするのを拒んだため、提出の期限が過ぎることが度々ありました。
 ダメ出しのせいで期限に間に合わなかったのに、「が無能だから仕事のパフォーマンスが落ちている」と叱責、本来の仕事の上に件の上司が勝手に考えた改善プログラムなるものを押し付けられ、それに対する返事を後釜が入社してくる11月末までにレポートに纏めて提出するように要求して来ていました。
 その改善プログラムの内容も要するに、「なんでお前は自分の思った通りに動かないんだ」と、言うもので、超能力者で件の上司の考えが分かる状態でなければ返答不能のものでした。

 改善プログラムを押し付けられた時に、が私に相談して来たのですが、私はその改善プログラムを見た時に「これはどこかで見た事ある」デジャヴを感じました。
 アメリカで最初の転職をした時の上司の嫌がらせと全くと言っていいほど同じだったため、「これは何をやっても駄目だ、この上司はを首にしたがっている。しかも、の無能さを理由にするための証拠集め(でっち上げ)をしている」と、すぐに気がつきました。

 件の上司のパワハラ以外は待遇も人間関係もかなり良い職場だったため、は転職を渋っていたのですが、私が「何をやっても無駄だ」と、一回目の転職の時の例を挙げて類似点を説明。
 が職場以外の友人などにも相談したら、解雇の準備をしている(その後解雇になる)可能性が高いと言う見解だったので、解雇を切り出される前に転職先を探すことに納得しましたようです。

 転職の決意だけで随分長くなってしまいました。
 転職経緯の続きは次回以降にUPしたいと思います。

 
 

 

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2024年6月11日 (火)

ハミングバード・ケーキ

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 ハミングバードケーキは、バナナとパイナップルで作るフルーツケーキで、アメリカ南部のデザートです。

 バナナを買ったのは良かったのですが、買い物袋に入れっぱなして食べるのを忘れていて、茶色いスポットのあるバナナが沢山余っていたのでバナナを使ったハミングバードケーキを作る事にしました。

 ケーキにはマッシュしたバナナと刻んだパイン(缶詰)と刻んだピカーンが使われていて、ケーキに塗ってあるクリームはクリームチーズと粉砂糖で作ったフロスティングです。

 フロスティングがかなり甘いので、ケーキの砂糖の分量を1/4控えて作りました。
(それでも、「甘すぎ」とに言われましたが…)

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 アメリカのレシピで作ったら、かなり大きなケーキが出来上がってしまい(12人分と書かれていたけれど、16等分くらいが一人分として適当なのではないかと思いました)、家族3人で一度に食べきるには多いので、友人のCさんに3切れおすそ分けしましたが、残りを食べきるのに5日かかってしまいました。

 

 

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2024年6月 8日 (土)

Meadow Brook Hall 6

前回の記事からの続きです。

今回でMeadow Brook Hallの記事は最後になると思います。

使用人エリア:

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(↑使用人エリアの廊下)

 ウィルソン家族が住んでいた当時と違って、使用人エリアとの間の全てのドアは開けっ放しになっていたのですが、今回のツアーでは使用人エリアは移動のために階段を使ったり、一部の部屋を見学しただけでした。

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(↑医療品の部屋:薬やガーゼや包帯、体重計や医療の道具などを保存しておく部屋。
救急箱の物置部屋バージョン。)

 Meadow Brook Hallでウィルソン家族が暮らしていた当時は田舎で、年に何回か医師が訪れて家族の健康診断を受けていたそうです。
 また、病気などになった時も医師に往診してもらっていて、健康診断や往診に必要な医薬品や器具を医師が持ってこれなかった場合に備えてストックしておく物置のような部屋がありました。

 診療に訪れた医師も遠距離を移動してくるので、診察が終わった後滞在出来るように使用人エリアにいくつかゲストルームがあるそうです。

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(↑↓使用人エリアのゲストルーム)

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 ↑の画像の使用人エリアのゲストルームは養子のリチャードが大きくなってナーサリー(育児室)が必要なくなった時に、リチャードの寝室として使われていたそうです。

 ロフトや自分専用のゲストルームのあるマチルダの実子たちのプライベートスペースと比べて、養子の部屋はシンプルで格差だなぁ…と、思いました。

ツアーについて:

 前回2015年にツアーに参加した時とツアーの内容やツアーの種類、料金などが随分変わっていました。
 以前はミュージアム・ストアでツアーチケットを販売していましたが、今はオンラインでの予約&支払いになっています。

 詳しい情報は↓のURL(英語)を参考にしてください。

https://meadowbrookhall.org/tours/ 

 

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2024年6月 5日 (水)

Meadow Brook Hall 5

前回の記事からの続きです。

2階

 階段を上がって左手の廊下にはゲストルームやナニーの部屋と子ども部屋、マチルダの寝室、アルフレッドの寝室などがあります。

フレンチ・ゲストルーム:

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(↑↓フレンチ・ゲストルーム)

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 階段ホールから左手の廊下の入ってすぐ右側(裏庭側)に、フレンチゲストルームがあります。
以前の記事にチューダー・リバイバル様式の建物と紹介したのですが、フレンチルームはロココ風の内装になっていました。

ナニー(乳母)の部屋とナーサリー(子ども部屋):

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(↑左:ナニーの部屋、右:ナニーの部屋の呼び出し用の電話)

 フレンチゲストルームの向かい(ロータリー側)にはナニーの部屋とナーサリーがあります。

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(↑ナーサリー)

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(↑ナーサリー・キッチン)

 マチルダと再婚相手のアルフレッドには実子はいなかったのですが、リチャード(1929年生まれ)とバーバラ(1931年生まれ)の2人の養子をとっていて、ナーサリーは2人の養子のための部屋です。

 Meadow Brook Hallの建物は使用人スペースと家族のスペースが完全に分けられていて、使用人は使用人スペースで寝起きするのですが、ナニーだけは子どもの世話をするため、部屋が家族のスペースにあてがわれていました。

 ナニーの部屋は、バーバラにナニーが必要でなくなった後は、バーバラの部屋として使われました。

イタリアン・ゲストルーム:

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 ナーサリーキッチンの隣はイタリアンゲストルーム。
イタリアン・ゲストルームは天井に梁(多分化粧梁)を設けたイタリアっぽい内装になっていました。

アルフレッドの寝室:

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 フレンチ・ゲストルームの隣がアルフレッドの寝室で、

 寝室は隣のマチルダの寝室と繋がっていて行き来ができるようになっています。
 当時の裕福な家庭は夫婦がそれぞれ持つことが一般的だったため、夫婦別室になっているようです。
 アルフレッドの寝室のバスルームはシャワーがあって、シャワーヘッドは14金で出来ているそうです。

マチルダの寝室:

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(↑マチルダの寝室)

 アールデコ調のインテリア。

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(↑マチルダのバスルーム)

 マチルダのバスルームにはシャワーはなくてお風呂のみだそうです。

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(↑左:マチルダのクローゼット、右:マチルダの靴や小物を収納しておくクローゼット)

 プライベートエリアの内装の殆どが建築当時の流行りだったアールデコ調でした。

 マチルダは毎朝6時起床で乗馬をしてから身支度を終えて仕事をしたそうです。
 マチルダの仕事はダッジモータース売却後は市民活動や社会活動や慈善活動で40以上の団体をサポートしていました。
 家事は全て使用人が担っていて、家の中の家事を行うために25人くらいの使用人が働いていたそうです。
 屋外の家事は35人くらいの使用人が従事していました。

 使用人のエリアと家族のエリアの間にはドアがあって、普段は閉まっていて仕事以外では使用人は家族のエリアには入れない決まりになっていました。

 次回は使用人エリアの画像をUP予定です。

 

 

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2024年6月 2日 (日)

Meadow Brook Hall 4

前回の記事からの続きです。

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(↑1階のエントランスホールから2階へ上がるメインの階段)

2階

 2階部分はプライベート空間で、寝室やゲストルームなどがあります。

ダニエルのプライベートスペース:

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(↑ダニエルの寝室)

 ダニエル(弟)はマチルダの前夫(ジョン・F・ダッジ)との2番目の子どもです。
 ダニエルのプライベートスペースは階段を上がりきって階段ホールの右の2つの廊下のうち右側の廊下に沿ったいくつかの部屋で出来ています。

 廊下の奥からダニエルの寝室、バスルーム、クローゼット、一番手前がゲストルームになっています。

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(↑ダニエルのバスルーム)

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(↑左:フランシスの廊下からロフトへ上がる階段
中:鹿の頭部の上のダニエルの寝室がロフトから見渡せる窓
右:ダニエルのクローゼットとロフトへつながる梯子)

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(↑ダニエルのゲストルーム)

 ゲストルームにはソファーとテーブル、バスルームもついていてホテルの部屋のような感じです。
 子どもの友達のためにゲストルームがあるなんて、どんだけお金持ちなの~って感じです。

 ダニエルのプライベートスペースの部屋の窓は玄関前のロータリー側を向いています。

フランシスのプライベートスペース:

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(↑フランシスの寝室)

 フランシス(姉)はマチルダの前夫との最初の子どもでダニエルの姉になります。
 フランシスのプライベートスペースは階段を上がって右側の2つの廊下のうち左側の廊下に沿ったいくつかの部屋で構成されています。

 ダニエルのプライベートスペースと同様に、奥から寝室→クローゼットとバスルーム→ゲストルームの順に並んでいます。
 唯一違うのはロフトに上がるのは梯子ではなくて階段だった点です。

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(↑左:フランシスのバスルーム、右:フランシスのクローゼット)

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(↑フランシスのゲストルーム)

 フランシスのプライベートスペースの部屋の窓は裏庭側を向いています。

 マチルダとジョン(前夫)との間には3人の子どもがいたのですが、末っ子のアナ・マーガレットはMeadow Brook Hallに住む前に4歳で麻疹でなくなっています。

 階段を上がって左手の廊下にはゲストルームやナニーの部屋と子ども部屋、マチルダの寝室、アルフレッドの寝室などがるのですが長くなったので次回の記事で書くことにします。

 

 

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2024年5月30日 (木)

Meadow Brook Hall 3

 前回の記事からの続きです。

1階

アルフレッドの書斎:

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(↑アルフレッドの書斎)

 アルフレッドの書斎は1階にあって廊下を挟んで舞踏室の吹き抜けがある部分の位置にあります。
地下1階のゲームルームと2階の寝室に繋がる隠し階段とトイレやミニキッチンなどが併設されていました。
 部屋の壁の上部には彫刻が施されていて、生まれた時から家が建設されるまでの生い立ちが彫刻されていました。

 アルフレッドの書斎は家族団らんの部屋としても使われていたそうです。
 リビングルームが45坪くらいあるので広すぎて団らんしにくいためらしいです。

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(↑アルフレッドの部屋のドアレバー。アルフレッドの職業は材木関連の仕事だったのでレバーもノコギリや木材関連のデザインが彫刻されている)

マチルダの書斎:

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 マチルダは前夫(ジョン・F・ダッジ:ダッジモータースの創業者)と前夫の弟(ホラティウス・E・ダッジ:ダッジモータースの創業者)から遺産を受け取って、ダッジモーターズや銀行などの経営者をしていました。

ポーチ:

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(↑裏庭に面したポーチ)

リビングルーム:

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 リビングルームは現在のアメリカの一般の家の延床面積と同じくらいの広さがあります。
 サンルームとエントランスホールとオルガン室に繋がっています。

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(↑リビングルームのステンドグラス)

 サンルームは中庭で行われた結婚式の控室になっていて、ツアーで見ることは出来ませんでした。

オルガンの部屋:

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 リビングルームの隣にはオルガンの部屋があって、オルガンは自動演奏がついています。オルガンの奥のガラス張りの棚には自動演奏用のスクロールが収納されていました。

 オルガン室のステンドグラス風のライトは、ティファニーへ特注して作らせたもので、オルガン室以外のステンドグラスランプも全てティファニーで特注して作らせた1点ものだそうです。

 オルガン室の左の画像の観音開きの扉は図書室に繋がっていて、エントランスホールに戻らなくてもリビングルームからオルガン室を経由して図書室に行く事ができます。
 図書室も結婚式のために使われていて見学することが出来ませんでした。

 地下のゲームルームのほぼ真上がダイニングルームなのですが、ここも披露宴の食事で使われていて見学できませんでした。  

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2024年5月27日 (月)

Meadow Brook Hall 2

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 怪獣の卒業式に参加するために他州から帰省して来ていたので、どこか観光に行こうと言う事になってMeadow Brook Hallに行って来ました。

 Meadow Brook Hallには怪獣と私は2015年にも訪れていたのですが、はまだ行った事がなかったので、インテリアに興味のあるは楽しめるのではないかと言う事で行く事にしました。

 2015年に訪れた時は屋内の撮影は禁止だったので画像がなかったのですが、今回はフラッシュを使わない撮影はOK(ビデオ撮影は禁止)だったので、屋内の画像を中心に記事を書くことにしました。
 屋外の画像とMeadow Brook Hallの大まかな歴史については過去記事を参考にしてください。

 ツアーで公開されていた建物の内部は地下1階、1階、2階のそれぞれ一部でした。

地下1階

舞踏室:

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(↑舞踏室兼映写室)

 Ballroom(舞踏室)は地下1階から1階部分に跨るこの建物で唯一の吹き抜けの部屋で、映写機も備えられていて↑の画像のタペストリーの部分に映画を映すことが出来るようになっています。

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(↑映写機:使わない時は扉を閉められるようになっている)

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(↑吹き抜け部分の屋外側の窓:ステンドグラスが使われている)

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(↑吹き抜け部分の屋内側の窓:1階の廊下から窓を通して舞踏室を見ることができる)

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(↑舞踏室横の廊下にある暖炉)

ゲーム室:

 舞踏室に沿った廊下を進むと奥に男性専用のゲーム室がありました。

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(↑手前:ゲームテーブル、奥:ビリヤードの台)

 ゲーム室のドアや柱やペンダントライトなどは、チェスの駒やトランプやビリヤードの球などゲームに関する彫刻が施されていて細部にもお金がかかっているのが分かる作りでした。

 ゲーム室には1階のアルフレッド(マチルダの再婚相手)の書斎に繋がる隠し扉と隠し階段があって、アルフレッドが行き来するだけのために使われていたそうです。
 家が広いからわざわざ階段へ回って行き来しなくて済むようにと言う事です。

食器室:

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(↑暗闇で光る食器セット)

 地下には食器やアルコール類を置いてある部屋があって、普段のツアーでは見ることができないのですが、私たちが行った日は結婚式と披露宴が行われていてダイニングルームを見ることが出来なかったので、代わりにツアーに組み込まれていました。

 暗闇で光る食器はウランを含む染料やガラスが使われているとか…
当時は普通に使っていたなんて…ちょっと怖いです。

 

 

 

 

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2024年5月24日 (金)

怪獣の卒業祝いの食事(ポケモン再現料理)

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 怪獣の卒業祝いの食事にポケモンのゲームに出てくる料理を再現した料理を作りました。
 元々は誕生日の食事に作る予定だったのですが、卒業祝いと誕生日祝いと2回食事を作るのが大変だったので、纏めてお祝いすることにしました。

(↑食事を並べたところ)

メニューは、

・ポフィン
・エスカリバダ
・パモのハンバーグとフライMIX
・いももち
・アブリボンのケーキ

 ポケモンの再現料理ではないのですが、卒業式仕様のチョコレートケーキも作りました。
 飲み物は市販のスパークリング・クランベリー・ジュースにしました。

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(↑ポフィン)

 ポフィンはゲーム内でトレーナーが木のみを混ぜて作るポケモンのためのフードです。
 リアルで作るのは(材料が実在しないなどで)難しいので、バターロールの生地にレーズンとクランベリーを混ぜてポフィンの形に成形して焼いたものです。

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(↑エスカリバダ)

 エスカリバダはポケモン・スカーレット&バイオレット(パルディア地方)で『バル・ギバル』というお店で食べられる料理だそうで、モデルになった料理はスペイン料理で名前もエスカリバダだそうです。
 スペイン料理のエスカリバダは、色んな野菜をローストしてガーリックで香りつけしたオリーブオイルをかけて作りますが、今回作ったのは米ナスとパプリカを使いました。

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(↑パモのハンバーグとフライMIX)

 パモのハンバーグとフライMIXは『ポケまぜ』というスマホゲームのカフェの料理です。

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(↑いももち)

 いももちは『レジェンズ・アルセウス』ゲーム(ヒスイ地方)のコトブキ村の食堂で食べる事の出来る料理で、モデルになった料理は北海道の郷土料理?の『いももち』だそうです。
 北海道のいももちは、ジャガイモと片栗粉を混ぜて円盤形に成形して焼いた後に、醬油ベースのたれをかけて食べる料理です。

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(↑アブリボンのケーキ)

 これも『ポケまぜ』の中に出てくるスウィーツで、ゲーム内に出てくるアブリボンのケーキは四角いケーキに2枚の翅と触角が飾ってあってリボンと花粉団子が添えられて供されるのですが、四角い底の抜けるケーキ型がなかったため、セルクル型で組み立てて作りました。

 一人分に切り分けた後に、翅と触覚をケーキの上に乗せる予定でしたが、室温が27℃を超えていて生クリームが柔らかくて翅がうまく乗らなくなるし、チョコでパイピングした翅が手袋をかけた手で扱っても体温で融けてしまったので、代わりにケーキの横に添えることにしました。

 花粉団子はコストコで売っていたクッキーでリボンは板チョコをジップロックに入れて電子レンジで融かしてシート状のチョコレートを作って冷蔵庫で冷やし、リボンの形にカッターで切り取って更に冷蔵庫で冷やしてココアパウダーをふりかけて飾りました。

 アブリボンのケーキを作るのが工程が沢山あって一番大変でした。

 

おまけ:

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(↑卒業式仕様のチョコレートケーキ)

 

 

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2024年5月21日 (火)

カレッジの卒業式(怪獣)

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 5月18日は怪獣のカレッジの卒業式でした。
 他州に住んでいる怪獣の卒業式に参加するために帰省してきて、家族4人での参加になりました。

 実は2年前には卒業式参加の要件は満たしていたのですが、去年の大晦日まで2年間のボランティアをしていたので、卒業式に参加することが出来ず今年の5月の卒業式に参加することになりました。

(ボランティアをしている間に、怪獣が専攻していたコースに追加の授業が加えられたため、新しいコース方の卒業要件を満たすためには16単位を履修しなくてはならなかったので、現在もオンラインの授業は取っています。
 卒業証書は古い方の学位で授与されています。追加の授業を履修し終えたら新しい方の学位で卒業証書が発行されるので、2つの学位と言う形になります。)

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(↑卒業証書を受け取るためにステージに上がったところ)

 卒業式が行われたのは高校の卒業式の時に式が行われた近くの大学のアリーナでした。
 怪獣が通っていたキャンパスはメインキャンパスではなくて、卒業式が出来る程大きなホールはなかったためです。

 怪獣の通っていたキャンパスには警察学校と消防士学校も併設されていたので、警察学校と消防士学校の卒業者も参加していたようです。

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(↑卒業の宣言がされて、帽子のタッセル右から左に移す儀式をしている瞬間)

 卒業式が終わった後、ローブを着たまま通っていたキャンパスに写真を撮りに行きました。
 卒業式の当日と言う事で、教師も全て卒業式に参加していたためか、建物は閉鎖されていましたが屋外で写真を撮る事は出来ました。

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(↑通っていたキャンパスの建物の前で記念撮影)

 今後は新しいコースの学位が取れたら4年制大学に編入予定で、今編入先の大学を探しているところです。

 

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2024年5月18日 (土)

キッチンのバックスプラッシュ4ー目地作業ー

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 3月29日~3月30日にかけて目地の作業をしました。
 3月29日は金曜日だったのですが、グッド・フライデー(イースターの直前の金曜日で、イエス・キリストが十字架にかけられた日とされていて、学校や会社はお休みの所が多い)での仕事がお休みだったので作業することにしました。

(↑3月29日に作業した部分:作業前)

 目地の作業は2日に分けて作業しました。

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(↑境目を養生したところ)

 2日に分けた理由は、正方形のタイルを貼った部分と長方形のタイルを貼った部分の目地の色を違う色にしたかったためです。

 目地のは薄いグレーを使う予定だったのですが、長方形のタイルの色が目地の色とほぼ同じで目地を入れるとのっぺらぼうな印象になってしまうので、少しだけ濃いグレーにしたかったので、先に正方形のタイルの部分の目地を入れて、ある程度目地が乾く翌日に長方形のタイルの部分の目地を入れることにしました。

29日の作業は…

①タイルの境目をマスキングテープとスペーサーで養生して、長方形のタイルを貼った部分とカウンタートップに余分な目地がついては困る部分をビニールのシートで覆って養生する。

②目地の袋の説明通りに水とモルタルを混ぜて目地を作る。(今回使ったのはザラザラした仕上がりになる目地)

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(↑↓目地を塗る作業をしているところ)

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③タイルの間に目地を塗っていき、ラバーフロートで目地を抑える。

④余分な目地を濡らしたスポンジで拭き取とる。(目地が乾いてしまうと拭き取れなくなってしまうので、手早く作業する。)

 詳しい目地の作業の手順に興味のある方は、過去記事『タイルの目地を塗る』を参照してください。

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(↑↓正方形のタイルの部分に目地を塗り終わった所)

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⑤目地が完全に乾く前に、養生に使ったマスキングテープやビニールシートを外す。

⑥目地を乾かす。

3月30日の作業

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 翌3月30日には長方形のタイルを貼った部分に目地を入れました。

(↑水色の点線で囲まれた部分:30日に作業した部分)

 手順は前日に目地の作業した時とほぼ同じです。

 前日の作業と違う点は、30日の作業ではコンロとレンジフード(換気扇)を取り付けた部分にも目地を入れるので、ガスコンロとレンジフードを外して養生した点と、目地を作る時に黒いアクリル絵の具で色を濃くした点です。

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(↑目地を入れる作業前)

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(↑↓目地の作業が終わったところ)

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 目地の作業が終わったので、後は壁のタイルとカウンタートップの間にコーキングを入れる作業を残すのみになりました。

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