« 2014年8月 | トップページ | 2014年10月 »

2014年9月

2014年9月30日 (火)

Lighthouse(灯台)15
-Race Point Lighthouse-

Img_0287s Race Point Lighthouseは、アウターケープのプロビンスタウンのにある灯台。

Img_0004racepoint ケープコッドの北端にあって、ケープコッドでは(Highland LightChataman Lightに次ぐ)3番目に古い灯台。

078s_2 最初の灯台は1816年に建造。
 最初の塔は割栗石製だったが、1876年に現在の鋳鉄製で内側がレンガの塔に建て替えられた。
 灯台守の住宅とオイルハウスも同時に建設された。

073s(←塔の先端のランタンルーム)

 1957年に電化、1972年にオートメーション化され、無人の灯台になる。

 1994年に現在のライトとフォグシグナルが導入され、ソーラー化される。

080s
 1960年に灯台守の住宅の大きい方が取り壊され、残った小さい住宅は改装され、夏の期間のレンタルハウスとして使われている。

Img_0267s 観光ガイドによると、Race Point Lighthouseにアクセスするには、Race Pointビーチの駐車場に車を停めて、海岸沿いを片道2マイル(往復6.4㎞)歩かなければならないことになっています。

 地図上にも道路はないけれど、灯台守の家がレンタルハウスとして貸し出されているところをみると、SUVなどの4WDならアクセスできる道があるのではないかと思います。

 

| | コメント (2)

2014年9月29日 (月)

Lighthouse(灯台)14
-Nobska Light-

042s Nobska Lightはアッパーケイプにある灯台。
ケープコッドの南西の端にある灯台。

Img_0004nobska 最初の灯台は1828年に建設。
最初の灯台はBass River Lightのように、灯台守の家の屋根に八角形の塔が突き出したタイプ(ケープコッド・スタイル)の外見でした。

028s_2 1876年に鋳鉄製で内側がレンガの塔(現在の灯台)に建て替えられ、灯台守の家も傍に建てられた。

027s

 1919年頃に、ケープコットに電気が引かれたことによって、灯台も電化。

 1985年にオートメーション化、フルタイムの燈台守は必要なくなり、灯台守の住宅はそれ以降コーストガードの高官の住宅として利用されている。

024s

 

| | コメント (2)

2014年9月28日 (日)

Lighthouse(灯台)13
-Nauset Light-

Img_0258s Nauset Lightはアウターケープにある灯台。

Img_0004nauset_2 現在Nauset Lightのある位置より約200m東側(海岸よりに)、Nausetの3姉妹と呼ばれるレンガ造りの3つの灯台が1838年から稼働していたが、海岸線の浸食が進み1890年には灯台の9m西側に木製の塔を3つ建てて元の灯台から取ったライトを使って稼働させていた。

006s 1911年には最も北側の灯台から2.4mの位置に岸壁が迫ってきたため、3つの灯台の移設を決定。
 3つの灯台のうち、実働していた中央の灯台のみを残して、2つの灯台は移設後、1918年にライトが外されて退役。

 1923年まではに、残っていた中央の灯台も状態がかなり悪くなっていたので、Chatamanにあった二つの灯台のうちの退役した1つの灯台を移設して、中央の灯台の代わりにした。

Img_0261s 1955年にオートメーション化、灯台守の住宅は個人に販売された。
 1990年代のはじめには浸食によって、15mの所まで岸壁が迫っていた。
 1993年にコーストガードがNauset Lightの退役を決定。
 1995年に民間の保護団体がコーストガードから灯台を借り受け、1996年に灯台を102m西側に移動。

014s 1998年にかつて灯台守の住宅だった建物も灯台のそばに移動が完了。
 Nauset Lightの灯台は、ケープコッド・ポテトチップスのロゴになっている。

| | コメント (0)

2014年9月27日 (土)

Lighthouse(灯台)12
-Hyannis Light-

017s Hyannis Lightはミッドケープにある灯台。
1848年に小さな灯台を作ることが議会で承認され、1849年、最初の燈台守が任命され開始。

Img_0004hyannis その後、塔やレンズなどの建て替えや改修や取り換えが何度か行われた。
 1929年Hyannis Habor Lightが近くにできたため退役。
塔の上のランタンルームが撤去された。

019s_2(↑灯台と付属の住居)

 灯台と付属の灯台守の住居は、退役後個人に売り渡され、その後何度かオーナーが代わる間に、住居の方は増改築が繰り返された。
 1986年に現在のオーナーが塔の上にランタンルームを再建。
(灯台としては機能しない、見せかけのランタンルーム)
伝統的なランタンルームではないが、かつて灯台だった時の雰囲気に似せて作られている。

019ss_2 現在、灯台と付属の建物は、18世紀と19世紀のマリンアンティークを展示されるために使われている。

| | コメント (2)

2014年9月26日 (金)

Lighthouse(灯台)11
-Highland Light-

Img_0336s Highland LightはアウターケープのNorth Truroの近くにある灯台。
(↓下の地図参照)
 1797年に建設開始された、ケープコッドでは最も古い灯台。

Img_0004highland 当初は木製の塔で稼働開始、1833年にレンガ造りの塔に建て替えられる。
 1857年に、1833年に建てられたレンガ造りの塔の危険性が指摘され、現在のレンガ造りの塔に建て替えられる。

103s 1987年にオートメーション化。
 東側の断崖の浸食がすすみ、灯台の建っていた場所が危険になったため、1996年に西側(陸地側)に140m灯台を移動する工事が行われ、現在はHighland Golf Couseの中に灯台の施設がある。

Img_0338s(↑東側の海岸側から見たHighland Light)

Img_0339s(↑浸食の様子を説明する看板)

| | コメント (2)

2014年9月25日 (木)

Lighthouse(灯台)10
-Chatham Light-

007s  Chatham Lightはロアーケープにある灯台。
(↓下の地図参照)
 1806年建設開始、1808年に8角形の木製の2つの灯台が完成、ケープコットで2番目に古い灯台。

 1923年より以前はTwin Lightとして知られていた。

Img_0004catham 1808年から稼働が始まり、1841年に安全性などの問題から、レンガ造りの塔に建て替えられる。
 1877年に外側が鋳鉄製、内側がレンガ造りの塔に建て替えられる。
 1923年に北側の塔が、12マイル(19㎞)北に移され、Nauset Lightとして稼働を始める。
 建設から1939年までレンズやランタンの交換が何度か行われ、1939年に電化。
 

013ss 1982年にオートメーション化(遅っ‼)、1994年に現在の灯に交換され現在も灯台として稼働。
 かつての燈台守の居住地や住宅は、現在はコーストガードの基地として使用されている。

008s(←Chathamのビーチ)

| | コメント (2)

2014年9月24日 (水)

Lighthouse(灯台)9
-Bass River Light-

016s 夏に行ったニューイングランド旅行で、灯台を沢山見てきました。
 旅行記の中では詳しく書けないので、(私の趣味で覚えておくために、記憶が新しいうちに)一つ一つ記事にすることにしたのですが、夏の旅行では合計8カ所の灯台を回ったので、いつものように1日おきに記事にしていたら、灯台の記事だけで半月かかってしまうので、毎日更新で短い期間で書いていくことにしました。

Img_0004bass_2  Bass River Lightはケープコッドの半島の南側、ミッドケープとロアーケープの真ん中あたりにある灯台。
(↑上の地図参照)
 1855年に灯台として稼働を始めた。
1914年に近くにオートマティックの灯台ができたために、稼働を停止。
塔の上のレンズが外され、個人に売却される。

014s2_2 家屋の部分を増築されプライベートな夏の別荘として使われたのち、1938年にStone家族によって買い取られ、翌年の1939年からInn(宿屋)として開業。

 1989年からは夏の期間だけ、灯台に灯が入れられるようになり、現在に至っている。

014s(←上の写真と同じものに、灯台の位置を示すための矢印を入れたもの。
ホテルの建物に埋もれていてほとんどわからない。)

| | コメント (0)

2014年9月22日 (月)

We're the Millers
なんちゃって家族

Dsc03014s We're the Millersは2013年のアメリカのコメディ映画。
邦題は「なんちゃって家族」で、2014年1月に公開。

 コロラド州のデンバーに住むデイヴィッド・クラーク(ジェイソン・サダイキス)は、末端のドラッグ・ディーラー。
(コロラド州ではドラッグの売買は合法。)

Dsc03023s(←デイヴィッド)

 ある日同じアパートに住む、18歳のケニー・ロスモア(ウィル・ポールター)が、不良グループに絡まれていたホームレスのケイシー・マシス(エマ・ロバーツ)を助けようとして、ケニー自身も喧嘩に巻き込まれそうになっていた。

Dsc03030s(←ケニー)

 ケニーを助けるために仲介に入ったデイヴィッドだが、ケニーの余計なひと言で、デイヴィッドがドラッグ・ディーラーであることが不良グループにバレてしまい、売上金とドラッグ全部を奪われてしまう。

Dsc03040s(←ケイシー)

 売上金とドラッグが盗まれた事を知った元締めのブラッド・ガードリンガー(エド・ヘルムズ)は、命が惜しければ失敗の埋め合わせに、メキシコからマリワナを密輸してくるように指示。

Dsc03037s(←元締めのブラッド)

 ブラッドはメキシコのある村に行って、パブロ・シャコンの名前を告げれば品物(マリワナ)は渡してくれるように話はつけてあるので、あとはそれをバッグに詰めて国境を越えるだけの簡単な仕事で、成功すれば10万ドル報酬に払ってもいいと言う。

Dsc03027s(←ローズ)

 中年男が1人でメキシコを出入りしたら、真っ先に密輸を疑われること間違いなしなので、家族旅行を装えば怪しまれずに済むだろうと考え、同じアパートに住むストリッパーのローズ・オライリ(ジェニファー・アニストン)ーに自分の妻の役を、ケニーに息子役を、不良グループに絡まれていたケイシーを誘う。

Dsc03050s(←ミラー一家)

 トラブルの原因になったケニーは好奇心も手伝ってすぐに協力してくれたが、ローズとケイシーには、報酬を払うことで渋々偽装家族を演じることを承知してもらった。

Image1 ケニー以外の3人は、髪型や服装もいかにもサラリーマンの家族っぽいものに変え、ミラー家族を名乗り、キャンピングカーを借りて家族旅行を装って陸路で国境を行き来をする作戦をたてた。

 はたして付け焼刃の偽装家族ミラー家は、麻薬の密輸に成功できるのだろうか…
 作品を観てのお楽しみ…ということで…

 この作品は、レートがR。
 まず、言葉遣いがFワードだらけ。
 言葉遣いだけなら、吹き替えにしちゃったり字幕にしちゃったら日本では大丈夫なのかもしれないけれど、言葉以外にも性的な表現や下ネタが盛りだくさん。
 ストーリーはスリルがあって面白いのだけれど、子どもと観るにはかなり不適切な映画でした。
 それにしても、ジェニファー・アニストンのお母さん役が違和感ないところが、ジェニファーも年をとったのね…と思った。

続きを読む "We're the Millers
なんちゃって家族"

| | コメント (0)

2014年9月20日 (土)

The Rosie Project

Dsc03062s The Rosie Projectは、オーストラリアの作家Graeme Simon著のロマンティック・コメディ小説。
 2013年初版。

 Don Tillman(39歳)は、遺伝学の科学者でオーストラリアの大学で講師を務めている。
 彼の趣味は武道で、子どもの頃から空手や合気道の練習を欠かさず理想的な体型、見た目もハンサム、大学の講師をしていて社会的な地位も収入もあるのに、彼女のいない歴=年齢。

 と、いうのも、彼は発達障害(アスペルガー)で、空気が読めなかったり、ジョークや皮肉が通じない。
 挨拶も、Hi(こんにちは)という代わりに、Greetings(こんにちわの古語)を使ったり、会話でYes(ハイ)の代わりにCorrect(正解)を使ったりと特殊な喋り方をする。

 おまけに、効率にこだわりがあって、曜日によって決められたスケジュールを時間通りに厳密にこなしている。
 スケジュールの変更は極力しない。
予定外の仕事や誘いなどが入った場合は時間を計算し、スケジュールを調整出来る場合のみ変更し、それ以外の場合は断るという徹底ぶり。
 曜日によって決まった食事を作り、行きつけのスーパーの店主も彼の食事に使う材料の種類や量まで把握していて、ちゃんと取り揃えている。

 大学の教授でDonの(数少ない)友達のGeneとその妻Claudiaは心理学者で、ClaudiaはDonのカウンセリングをしている。
 GeneとClaudiaの紹介で何人かの女性とお見合いっぽいデートをするのだけれど、空気が読めないために失敗してしまって、2度目のデートの約束に結びついたことがない。

 そんなある日、Donは質問事項のリスト(アンケート)を作って、自分の好みや考えと共通点が一致する女性とデートすれば上手くいくのではないかと考えた。

 GeneとClaudiaにそのことを話して、質問事項の作成に協力してもらい、「ワイフ・プロジェクト」と名前を付けて、花嫁候補の女性探しを始める…

 この作品は、日本語訳版が「ワイフ・プロジェクト」 という題で、講談社から出版されているようです。
日本語訳版はどうなのかわからないのですが、英語版は(ネタバレになっちゃうので、書けないけれど)色んな意味で面白い作品でした。

 この作品の続編The Rosie Effectという題で、2014年の12月に出版予定らしいです。

| | コメント (10)

2014年9月18日 (木)

秋のテーブルコーディネート(テーブルセッティング)2014

Fall_table 9月になったので、秋のテーブルアレンジに変えました。
 去年はオレンジをベースカラーにしたカラフルなコーディネートでしたが、今年はダークレッドとベージュ系の色を中心に色数をおさえてアレンジしました。

Image1s(↑一人分のセッティング)

Autumn_table(↑テーブル全体のデコレーション)

 今年は写真を撮ったのが曇りの日だったので、採光が弱くてブレた写真が多く、まともに写っている写真を探すのが難しかったです。

141s(↑バッフェの上のデコレーション)

 バッフェの上の飾りに使っているのは、ホオズキのような植物の造花。
ダークレッドとベージュ色を一枝ずつしか買っていないのだけれど、ミラー効果で数が多く見えて助かっています。

147s(↑テーブル・センターピース)

 今年のテーブルのセンターピースは白いパンプキンに秋っぽいガーラントを巻き付けて飾りました。
 飾りに使っているパンプキンはハロウィンのジャック・オ・ランタンを彫るための軽いプラスティック製で、中が空洞になっているものです。

Aki_table

続きを読む "秋のテーブルコーディネート(テーブルセッティング)2014"

| | コメント (4)

2014年9月16日 (火)

家庭菜園2014 その6
-食害対策~復活-

Image10 グラウンドホッグの食害に遭って、ほぼ丸坊主になってしまった家庭菜園の胡瓜と南瓜。
 動物除けのスプレーは撒いたものの、8月19日(正確には18日の夜遅く)からのニューイングランド旅行の間、臭いに慣れて来たり、雨でスプレーが洗い流されたりして、またグランドホッグの食害に遭ったら困るので、出発の前日(18日)に急遽デッキの周りにフェンスを作ることにした。

Img_0224s また、軒下からデッキに向かって紐を張って、紐に胡瓜が巻きついて、グリーンカーテンのようになるように、紐を張る作業と胡瓜を紐に固定する作業もした。

 他にはデッキの下の部分のラティスの穴を塞いだり、フェンスのネットの位置を下げて、ネットの下から小動物がもぐりこめないようにした。

 デッキの周りのフェンスに使っている棒は、ドロップシーリングを吊るすための薄い金属の板で、鹿などの大きな動物がフェンスを越えようとしたら曲がったり折れたりしてしまうだろうけれど、小動物なら持つだろうということで、少し不安はあったものの、3泊6日の旅行に出かけた。

Dsc03176s(↑旅行から帰って来て5日後の家庭菜園)

 心配しながら出かけた旅行だったけれど、帰って来たら食害もなく、胡瓜にも新しい葉が生えて順調に育っていてホッとした。

Image11(↑8月30日のトマトと収穫)

 8月の末頃には、トマトの実がやっと赤くなって収穫できるようになった。

| | コメント (5)

2014年9月15日 (月)

中秋の名月

Dsc03240s 9月8日は中秋の名月だったので、お月見をすることにしました。

 去年から、月食やスーパームーンなど色々な天体イベントがあったのですが、どれも天気が悪くて見ることができず、今回の中秋の名月も諦めていたのですが、快晴ではなく薄曇りだったけれど、お月見することが出来ました。

003s_2(←どこに月があるの?というくらい小さくしか写っていない十五夜)

 裏庭は北向きなので月が見えないため、表庭のガレージの前にトレイテーブルと椅子を並べて、晩ご飯を食べながらのお月見。

010s 携帯のカメラも合わせて、我が家のカメラを総動員して撮影を試みたものの、携帯のカメラで撮った画像は全滅。

 コンデジで撮ったもの(三脚なし)かかろうじて数枚が見られるレベルの写真。
 三脚付きでデジイチで全てマニュアルで撮ったものも、薄雲がかかっていたのと、暗すぎてピントが合わせられなかったこともあって、ピントと光度と両方が上手く合っているものは一つもなかったのは残念です。

042s デジイチは望遠レンズを持っていなかったし、レリーズもなかったので、写ったお月様は豆粒より小さくて、しかも少しブレている。

 昔カメラ小僧だったも暫くは何とかしようと頑張っていたけれど、
「やっぱりレンズとレリーズがないと無理~」
と、早々に諦めて撤退してしまいました。

 道具を揃えて来年こそは…
と、決心したのですが。
道具だけでなくて、腕の方も何とかしなくては折角のデジイチが勿体ない~

| | コメント (3)

2014年9月13日 (土)

停電&発電機購入

Image1 先週の金曜日(9月5日)の夕方頃、パソコンを使っていたら突然停電した。

 以前の記事にも書いたのだけれど、 我が家は70年代にできた少し古い住宅街のせいか、停電は日常茶飯事。
(今まで記事にしたものだけでも13回、今回で14回もある。)
 大雪などの悪天候の時は長時間の停電のこともあるけれど、その日は雨も降っていなかったし、風も強くなかったので、「すぐに復旧するだろう」と、思っていた。

 うちのコンロは電気なので、停電すると食事が作れないので、外食するこになり隣町にあるイタリアン・ファストフード店まで出かけた。

 食事を済ませて帰ろうと思った頃から雨が降り始めて、家に着くころには大雨になっていた。

Dsc06566(←地下にある排水升)

 家の近くまで来ると、あたり一帯が真っ暗なので、停電がまだ続いていることが分かった。

 停電+大雨と言えば…地下室の洪水だ~
Σ(゚口゚;
 と、気が付いて地下室をチェックしに行ったら、案の定、排水升がオーバーフローしかかっていた。

 放って置いたら地下室が浸水してしまうので、一家総出(といっても3人だが…)で排水升から水を汲み出す作業をすることになった。

 間に30分の休憩を挟んで約2時間、
4時間の仮眠の後、早朝に1時間、合計3時間強バケツリレーで水を汲み出した。

汲み出した水の総量、約1.5トン
プールの排水をバケツでやっている気分だった。
(翌日以降、家族みんなが激しい筋肉痛に悩まされたことは言うまでもない。
(T-T*)ウウウ…

Img_0585s(←買って来たガソリン式の発電機)

 朝になって雨が止んだので汲み出しを止め、お店が開く時間を待って、が発電機を買いに行った。

 我が家が購入したのは、7000wの発電機で、(の話によると)クーラーと調理器具を除いた家の電気をまかなえる容量があるらしい。
(停電の時に電気が供給できるのはいいのだが、発電機の欠点は騒音がかなり酷いこと。
我が家だけでなく、他の家も不完全燃焼を防ぐため、屋外で使っていたのだけれど、家のドアか窓を閉めていても、近所の発電機の稼働する音まで聞こえるくらいうるさい。
ましてや、自宅前で使うとどうなるのか、推して知るべし…と言うところだろうか…)

 が発電機を買いに行っている間にも、地下室の排水升の水量が増えてきていたので、発電機を動かして真っ先に地下室の排水ポンプを繋いた。

Img_0588s(←発電機に繋いで使っているところ)

 その次に、冷蔵庫と冷凍庫。
(冷蔵庫はコンセントが冷蔵庫の真裏にあったので、冷蔵庫を動かさないとプラグを繋ぎ変えができなかった。)
 その次に、コンピュータや携帯などの充電を始めた。
モデムやルーターなども繋いでみたけれど、プロバイダ側の電気が切れているらしく、インターネットは繋がらなかった。

 緊急性の高いものは全て繋いで安心したのか、が電動工具を繋いで趣味と実益を兼ねてやっている家の改修作業を始めた。

ポカッ (._+ )☆\(`⌒´メ)モォォォォ~
非常事態に何やってるのよ!
何もこんな時に、作業なんかしなくても…

Dsc03257s(←半分直りかけのグリル)

 その他にも、調理器具(消費電力が大きすぎるし、プラグの形が違うため)は発電機を使えないので、修理途中の使えるかどうかもわからないガスバーナー(屋外用のグリル)をデッキに出して、晩ご飯はBBQにしよう、と言い出すし…意味不明。

 停電しているのはうちの住宅街の区画や一部の地域だけなんだから、停電していないお店で外食すればいいだけなのに、なんでBBQ?
 水の汲み出しでヘロヘロに疲れている所に、慣れない(しかも使えるかどうかもわからない)調理器具でアウトドア料理は大変だよぉ。

 停電で野生の本能が目覚めて、サバイバル生活を送りたくなったのか…?
おそらく、修理のほぼ終わったBBQグリルが使えるかどうか試してみたかっただけと思うけれど、何も非常時にやらなくても…
(それに、試すなら完全に直してからにして欲しい)
(男)の考えていることはサッパリわからん…

┐(´Д`) =3┌ ハァァ~

 とりあえず、電気は土曜の夕方には復旧し、BBQグリルでご飯を作らなくても済んだのは助かった。

続きを読む "停電&発電機購入"

| | コメント (4)

2014年9月11日 (木)

ニューイングランド旅行 その6
-旅行にまつわる雑感-

Dsc03189s_2(←ケープコッドで買ったお土産)

 今回のニューイングランド旅行は、8月18日~8月23日までの3泊6日の旅行でした。
 3泊しかしていないのに6日間の理由は、1日目は2時間、最終日の6日目は4時間30分だったということと、1日目と5日目は長時間のドライブをしているうちに日付が代わってしまったからです。

Img_0548s 今回のドライブは行きも帰りもカナダを通るコースでした。
行きはカナダを走った時間は3時間くらいですが、帰りは10時間近くカナダを通行するコースでした。
(カナダを通る方がアメリカを通るより100㎞くらい近道だったため。)

 行きと帰りで4回国境を越えているのですが、Haskell図書館&オペラハウスのあった町のみ、夕方のまだ明るい時間帯で、その他はいずれも深夜~未明にかけての国境越えでした。

 深夜や未明には密入国や密輸や不審者が多いのか、入国審査の質問がしつこい×5

 どこに住んでいるのか?今日はどこから来たのか?どこへ行くのか?何をしにいくのか?目的地はどこか?何日くらい(カナダに)滞在するのか?(通過するだけだと答えると)何時間かかるのか?武器はもっていないか?タバコは持っていないか?お酒は持っていないか?多量の食品や日用品を(カナダで)購入しなかったか?
 その他にも窓を全部開けて家族の顔が見えるように車内灯をつけろ、とか、メガネを外せとか、色々うるさかった。

Img_0545s 夕方の明るい時間に通った国境の係官は、
「アメリカの永住者なんだね。」
と、言ってグリーンカードを機械に通してスキャンさせて、
「タバコやお酒や武器を多量に運んでないよね?
禁止されてるわけじゃないけれど、沢山はダメなんだ。」
私たちが、どれも持っていないと言うと、
「では、良い旅行を…」
と言って通してくれた。

今回の教訓:国境通過は明るい時間帯の方が対応がいい。

 それにしても、国境越えの長距離ドライブは大変だった。
片道10時間以上かかるなら、飛行機で行ってレンタカーを借りる方が楽だと思った。

Image1(←ベン&ジェリーで買ったアイスクリームのボウル
過激なまでにカラフルないかにもアメリカっぽい色使い)

 長距離ドライブと言えば…
去年の夏の旅行の時、私が夜間運転している間家族皆が眠ってしまって、眠気と戦うのに大変な思いをした。

 家族の冷たさを身をもって体験してしまったのだが、今年は私が夜間運転している間は、怪獣が助手席で起きていてくれて道路案内板を一緒に見てくれたりして本当に助かった。

 怪獣が年々(少しずつだけれど)気遣いができるようになってきているし、頼もしくなってきているのは嬉しいことです。

002s 今回の旅行中、家で留守番していたのは猫と家庭菜園。

 家庭菜園の方は水やりだけが心配だったけれど、天気予報を見ると雨が頻繁に降るようだったので、食害対策だけをして出かけた。

 猫の方はフードサーバーとウォーターサーバーを一か所に、後は置き餌と水を3か所に分けて食事は対応。
 トイレは4か所準備して出かけた。

 フードサーバーには1週間分くらいの餌を入れておいたので、帰って来た時に残ってはいたけれど、食欲に任せて好きなだけ食べていたせいか、2頭とも体重が重くなっていた。

 元々人間嫌いのシロ猫はどこかに隠れて出てこなくなってしまうし、金魚のフン猫だったマダラ猫は、旅行のあとに後追いが激化。
 同じ部屋にいるだけでなく、常時体の一部が私に触れているように密着して過ごす日が何日か続いた。

続きを読む "ニューイングランド旅行 その6
-旅行にまつわる雑感-"

| | コメント (5)

2014年9月 9日 (火)

ニューイングランド旅行 その5
-Haskell Free Library & Opera House-

049s 今回の旅行で、日本人があまり観光に行かないバーモント州を目的地の一つに入れた理由が、この図書館をぜひ訪れてみたかったからです。

 図書館とオペラハウスが同じ建物にあるのが珍しいからではなく、建物が歴史的建造物に指定されていているからでなく、Haskell図書館が特殊なのは、アメリカとカナダの国境上に建てられているからです。

029s(↑エントランスホール付近の国境線、水色の矢印の先。カーペットの部分は水色の点線を加えた。)

 1階が図書館、2階と3階がオペラハウスになっているこの建物は、Martha Haskellと息子のCol. Horace Haskellが地域の交流と文化活動の発展のために建てたもので、1904年に開館。

060s(←左:図書館の入り口
右:オペラハウスの入り口)

 図書館の入り口とオペラハウスの入り口と駐車場はアメリカ側にあるのですが、書架やステージはカナダ側にあり、アメリカで唯一の「本が一冊もない図書館」で「ステージのないオペラハウス」だそうです。

Img_0485s(←図書室)

 1階の部分は事務室と受付、図書館があって、
 図書館は一般の書架のある部屋と、子どもの本をそろえた子供のコーナーと読書の部屋の3つの部屋があります。
(国境線は読書室の中を通っています。)

 所蔵している本は、大人の本も子供の本も、フランス語と英語の両方を揃えているそうです。

 開館日は火曜日~土曜日で、日曜日と月曜日は閉館しているそうです。

Img_0494s(←読書室を通る国境線。
向かって左がアメリカ側、
向かって右がカナダ側)

 開館の時間は、ウェブサイトで確認してくださいとのことでした。

 オペラハウスは一般には公開されていません。
 5月半ばから10月の半ばまでの期間、図書館の開館している時間帯にツアーがあって、一人5ドル(2014年8月現在)で、オペラハウスも含めた建物全体のガイドをしてもらえます。

012s(↑オペラハウス2階部分)

006s_3(←チケットブースと開館当時に上演されたオペラのポスター)

 公演の入っている日はツアーはできないので、ツアーの時間の詳細は、ウェブサイトに書いてある連絡先に電話で確認してくださいとのことでした。

 私たちはウェブサイトを調べていなかったため、ツアーのことを知らなくて、当日その場についてから、英語とフランス語のツアーが交互にスケジュールされていることをしりました。

Img_0477s_2(←2階部分の観客席の間を通る国境線)

 私たちが受付に着いた時には、その日の英語の最後のツアーが出てしまったばかりで、最後のツアーはフランス語しかないと言われましたが、私たちの他には誰もツアー客がいなかったので、特別に英語で案内してもらえて助かりました。
(はるばる来たのに、オペラハウスを見学することなく帰るのは、悲しかったので、ツアーに参加できて良かったです。)

024s_2(←3階部分のバルコニー席から見たステージ)

 オペラハウスは約400人(正確な数字はガイドさんが話してくれたのだけれど、書き留めなかったので忘れてしまった)の観客が収容できるそうで、現在は音楽の演奏会やミュージカルの上演が主で、スケジュールは不定期で、チケットの値段も20ドル前後のものが多いそうです。
 スケジュールはウェブサイトに掲載されていて、チケットはインターネットで予約できるとのことでした。

017s(←楽屋の通路の壁)

 オペラハウスの楽屋の通路の壁には、今までオペラハウスで上演や演奏したパフォーマーが書いたサインや絵や(落書き?)が残されていて、古いものは文字が薄れて見えにくくなっているものもあるそうです。

続きを読む "ニューイングランド旅行 その5
-Haskell Free Library & Opera House-"

| | コメント (3)

2014年9月 7日 (日)

ニューイングランド旅行 その4
-ベン&ジェリーアイスクリーム工場-

Img_0449s 旅行の3日目の夕方に、ボストンを後にして次の目的地バーモント州に向かいました。
 バーモント州はボストンからは北西に位置する州で、リンゴとメープルシロップが特産品の自然の豊かな州。

 ボストンからニューパンプシャーを抜けて、宿泊先のバーモント州とニューパンプシャー州の境のモーテルに到着した時は、午後9時を回っていました(しかも、どしゃ降り)。
 食事に行こうと、フロントに聞いたら近くのレストランはこの時間だと、どこも閉まっているらしく、遠くのレストランを紹介された。
 雨も降っているし、あまり遠くにも行けないので、近くのガソリンスタンドの敷地内にあるサブウェイ(サンドイッチのファストフード店)に、行ったらあと5分で閉店と言うことだったので、慌てて注文してテイクアウトにした。
(ボストンのような国際的な観光地ではないことは知っていたけれど、わたしたちの予想以上に田舎だったらしい。)

Img_0442s 翌日朝起きてみると、昨夜に引き続き雨だった。
どこかで傘を買おうかと思ったけれど、4日目に回る予定の場所はどこも屋内の施設だったので、傘がなくても問題ないだろうということで、買わずにすますことにした。

 バーモント州はベン&ジェリーアイスクリームの発祥の地。
 州都のモントピリアに近いウォーターベリーに工場があって見学ができるので、4日目の目的地の一つに決めていた。

Img_0457s(←日本語の製品案内
クリックで拡大)

 私たちがベン&ジェリーの工場に着いた時は、雨も小降りになって降ったり止んだりを繰り返していた。
 お天気が雨で屋外の観光に向かない日だったためか、工場にはたくさんの観光客が訪れていた(特に子供連れの家族が多かった。)

Img_0456s(←ベン&ジェリーの年表
クリックで拡大)

 見学のツアーは料金が大人4ドル(2014年8月現在)、長さは約30分で、最初に会社の歴史のフィルムを見た後、工場を見下ろす位置からガラス越しに見学、その間ガイドがアイスクリーム作りの様子の説明をしてくれる。

Img_0447s(←ツアーの入り口の扉)

 見学の最後にはアイスクリームの味見ができて、私たちのツアーの時は「ストロベリーチーズケーキ」と言うフレーバーだった。

 ウォーターベリーの工場は、観光ツアーのために施設が整えられていて、建物にはベン&ジェリーアイスクリームの歴史やアイスクリームにまつわる道具を展示したパネルやビデオなどがあって、ツアー以外にも楽しめるようになっていた。

Img_0458s(←工場の外にあるタンク
タンクの内容物の名前がかいてある。)

 工場の建物には、ギフトショップとアイスクリームショップも併設されていて、買い物やアイスクリームを買うことができた。
(我が家はギフトショップでアイスクリームを入れるボウルを購入。
アイスクリームショップではアイスクリームコーンを買って食べた。
スモールを注文したけれど、日本のダブルくらいの量だった。)

Image1(↑フレーバーの墓地)

 工場の裏には、駐車場と子どもたちの遊べるプレーグラウンドがあったが、雨降ったり止んだりしていたため遊んでいる子は少なかった。
 その他にはフレーバーの墓地と言う場所があって、かつてあったフレーバーでディスコン(生産停止)になってしまったフレーバーの説明の書かれた墓標があった。

Image2_2(←フレーバーの説明の書かれた墓標
クリックで拡大)

 ベン&ジェリーはフレーバーに面白い名前を付けることで有名だけれど、廃版になってしまったフレーバーの中で面白い名前のフレーバーがあったので、紹介します。

Img_0467s(←Fossil Fuelフレーバーの墓標)

 その名もFossil Fuel(化石燃料)!

>(◇´* ))))..ギャオォー!!..(((( *`◇)<

なんか、恐竜っぽいお名前

 この化石燃料フレーバーは2005年から2010年まで販売されていたそうですが、現在はディスコンに…
どんな味だったのか興味があります。

 ベン&ジェリーアイスクリームの工場見学のツアーのパンフレットの画像は続きを読むに貼っておくので、興味のある方はどうぞ…

続きを読む "ニューイングランド旅行 その4
-ベン&ジェリーアイスクリーム工場-"

| | コメント (3)

2014年9月 6日 (土)

新学年2014

Img_0572s 旅行の記事の途中だけれど、割り込み記事です。

(←スケジュール帳と微積のクラスで使うからと購入した、グラフ計算機)

 今年は9月2日から怪獣の学校の新学年が始まりました。
(毎年、レイバーデーの翌日が新学期なので、今年は最も早い夏休み明けになりました。)

 最終学年ということもあって、単位をほとんど取ってしまっている子は午前中だけの登校というケースもあるようですが、怪獣はまだ必修科目のPE(体育)の履修が済んでいないなど、卒業単位を満たすために、1日フルで時間割が組まれているみたいです。

 今学期取るのは、コンピュータ・プログラミング、英語、IEP、体育、数学(微積)と2Dアートのクラスでした。
 クラスの1日目にシラバスと誓約書を持って帰って来て、親も目を通してサインするのですが、2Dアートのクラスの内容に見覚えが…
 そのクラスで描いた絵も部屋に飾ってあるし、写真に撮ってブログで使った覚えもある。
画像を保存してあるファイルを調べたら、怪獣がフレッシュマンの時に取っていたことがわかった。

 怪獣に、学校のカウンセラーのオフィスに行って相談してくるようにいった。

 翌日、カウンセラーに聞いたら、2回取っても単位として換算されると言われたらしい。
(-_-)ウーム、ホンマカイナ?
アメリカ人っていい加減だからなぁ…
どこかで再確認しなくっちゃ…

 

| | コメント (2)

2014年9月 4日 (木)

ニューイングランド旅行 その3
-フリーダム・トレイル(ボストン)-

Img_0001sss ニューイングランド旅行3日目は、ボストンのフリーダムトレイル巡りをしました。

(↑ボストンの地図
赤い点線がフリーダムトレイル。紫の実線が利用したバスのルート)

Img_0352s(←ボストン・コモンの中心部)

 フリーダムトレイルはボストン・コモン(公園)を始点に、チャールズタウンのバンカーヒル記念館まで続く約4㎞の赤い線の引かれた道で、フリーダムトレイル(赤い線)に沿って歩くとボストンの史跡めぐりができる。

Img_0353s(←フリーダムトレイルの視点にあるインフォメーションセンター)

 始点のインフォメーションセンターで、地図を手に入れて出発。
(詳しい説明の入った英語の地図は3ドルで販売されていたけれど、日本語の地図はなかったので、多言語版のボストン観光の無料パンフレットを貰った。
詳しい説明はのっていなかったけれど、トレイルを歩くには十分だった。)

004s(↑州議事堂。1795年から建設開始)

012s(↑パークストリート教会。
1809年建築。ウィリアム・ロイド・ギャリソンが奴隷制度反対の最初の演説をしたことで有名らしい。)

018s(↑キングス・チャペル
1688年建立のボストン最初の英国国教会。
独立戦争後はアメリカ最初のユニテリアン派教会になった。)

020s(←ベンジャミン・フランクリンの銅像
ボストン・パブリック・ラテンスクールの庭にある。
アメリカ建国当時のベンジャミン・フランクリンの貢献をたたえるためにたてられた。)

(↓ボストン・パブリック・ラテンスクール)

023s_2

Img_0388s_2(↑オールドコーナー書店

1712年に建設。
19世紀半ばにはロングフェローなどの文豪のサロンになっていた。
現在はメキシカンレストランになっているようです。)

024s_2(↑オールド・サウス集会所
1729年に組合派教会として建立。植民地時代には集会所として使われた。)

Img_0392s_2(↑旧州会議事堂。1713年建設。
植民地時代の政庁所在地で、上の写真に写っている側とは反対側にあるバルコニーで独立宣言が読み上げられたとされる。)

039s(↑クインジー・マーケット。
隣にあるファニュエル・ホールがショッピングセンターとして手狭になったため、1824年から建設開始。)

Image2(←ボストン名物のクラムチャウダーがパンで作ったボウルに入っているもの。)

 クインジー・マーケットの中(1階)はフードコートになっていて、色んな種類のお店が出ていた。

 私は昼ご飯にパンのボウルにクラムチャウダーの入ったものを食べた。
はロブスターサンドを注文して、念願のロブスターがやっと食べられた。シーフードがダメな怪獣はチキンポットパイを食べた。)

Img_0406s(↑ファニュエル・ホール。
1742年にピーター・ファニュエルが市に寄贈した。
現在は1階がマーケット2階が集会所、3階がミュージアムになっている。)

044s(←ポール・リビアの家の外壁の一部)

 ポール・リビアの家は1680年ころに建てられたボストン最古の建物。
 3ドル(2014年現在)払って入場できたのだけれど、人がいっぱい並んでたので、外壁の写真だけ撮った。

054s(↑オールド・ノース教会。
1723年建設の教会。
アメリカ独立戦争の発端となったレキシントン・コンコードの戦いの直前、塔のランタンでシグナルを送ってイギリス軍がコンコードに向かったことを知らせたとされている。)

Img_0419s(←コップス・ヒル墓地
1660年代に作られた共同墓地。)

(↓木造の帆走フリーゲート艦、コンスティテューション号
1797年に進水。)

Img_0422s USSコンスティテューションは、チャールズタウンの海軍軍港に停泊していて、海軍の儀式や訓練などに使われている。

065s(←甲板上の大砲)

 1812年からの英米戦争の時に活躍した船。毎年7月4日の独立記念日には点検も兼ねて祝砲が撃たれる。

 コンスティテューションの船内は一般に公開されていて、デッキと船内でそれぞれツアー(英語の説明)が行われている。

Img_0427s(↑バンカー・ヒル記念館
独立戦争の初期の主要な戦いを記念して建てられたオベリスク。)

続きを読む "ニューイングランド旅行 その3
-フリーダム・トレイル(ボストン)-"

| | コメント (2)

2014年9月 2日 (火)

ニューイングランド旅行 その2
-ケープコッド2-

002s 1日目に引き続き、2日目も灯台巡り…ということで、アウターケープのエリアにある灯台を見に行くことにしました。

(←Nauset Light)

 アウターケープ一帯は国立海岸で、ビーチ近くの駐車場に停めるためのパスの代金が1日15ドルかかります。
(パスがあれば、1日国立海岸のどの駐車場に出入りして停めてもOKで、数カ所のビーチを楽しむことも可能なので、お得かも…)

Img_0004ss_2(↑アウターケープ付近の地図
薄緑の部分が国立海岸のエリア。
オレンジの星の場所が今回見て回った灯台)

Image2(←Race Pointビーチ
海鳥の大群)

 最初にNauset Lightを見に行ったのですが、朝ゆっくり出たために渋滞に巻き込まれてしまい、おまけに、せっかちなは裏道を探そうと道から外れて、道に迷って午前中を無駄にしてしまいました。

 2番目にケープコッドの北端にあるRace Point Lighthouseを見に行ったのですが、これがまた物凄く大変でした。
 灯台に行きつくには、Race Pointビーチの駐車場に車を停めて、海岸沿いを片道2マイル(往復だと6.4㎞)歩かなければならなかったからです。

Img_0278s(↑Race Pointビーチで見かけたアザラシの群れ
結構岸辺に近いところにいた)

 Race Pointの駐車場近くのビーチには海水浴を楽しむ人が結構いましたが、私たちが水際や浅瀬を歩いた時に水が思ったより冷たく、1分も水に足を浸していると寒くなってきました。
アメリカ人はよくこんな冷たい水で海水浴ができるなぁ…と感心しました。

 6.4㎞のビーチ・ウォーキングは疲れたけれど、ビーチでは海鳥やアザラシの群れを見ることができたので、楽しめました。

076s(←Race Point Lighthouse)

 しかし、普通の道と違って砂だらけの海岸は歩きにくく、灯台を見に行って帰って来るだけで4時間かかってしまい、午後の時間が潰れてしまいました。

Img_0306s(←Woods End LightとLong Piont Lightのある半島に続く防波堤)

 Race Point Lighthouseの後は、Woods End LightとLong Piont Lightを見に行ったのですが、こちらも海岸近くに広がる塩湿地の中を通っている防波堤を歩いて、灯台のある半島まで行かなくてはいけませんでした。

Img_0329s_3(←Provincetownの海岸近くに広がる塩湿地)

 Provincetownの町の端にあるロータリーに車を停めて、防波堤に入るのですが、防波堤の長さは1マイル(1.6㎞)くらいありました。

 半島に着いて、右に1/2マイル(800m)歩くとWoods End Light、左に1.5マイル(2.4㎞)歩くとLong Piont Lightです。

084s(←Woods End Light)

 6.4㎞のビーチ・ウォーキングと1.6㎞の防波堤を歩いて疲れ切っていた私たちは、防波堤から近いWoods End Lightだけを見に行って、Long Piont Lightは防波堤の所から写真を撮るだけにしました。

097s2(←オレンジの矢印の先:Long Piont Light
クリックで拡大します。)

 防波堤の所から写真を撮ったLong Piont Light豆粒のように小さくしか写らなくて残念でした。

 2つの灯台の近くのProvincetownの町では、お祭りっぽいイベントをやっていて、は「お祭りに行きたい~」とごねていましたが、町の周辺の駐車場はどこも一杯、他にも回る予定の灯台が2カ所も残っていたので、諦めてもらうことに…

Img_0335s(←Highland Light)

 最後に回ったのはHighland Light。
その後、もう1カ所も行く予定だったけれど、日没になってしまい、家族全員疲労困憊していたので、そのままモーテルに帰ることになり予定がこなせなくて残念でした。

 予定のこなせなかった原因は、回る順番。
南の灯台(車でアクセス可)から北の灯台へ順番に回って行けば(Provincetownのお祭りにも参加できただろうし)良かったのですが、渋滞を気にしすぎて北の灯台(どの灯台も徒歩で2時間以上かけないと往復できない)を先に回って、体力と時間を使い果たしてしまった。

今回の教訓:観光地の多少の渋滞は不可避。
短気を起こさずに忍耐強く待つ覚悟も必要。

続きを読む "ニューイングランド旅行 その2
-ケープコッド2-"

| | コメント (2)

« 2014年8月 | トップページ | 2014年10月 »