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2019年8月 9日 (金)

芸術と表現の自由  あいちトリエンナーレ2019のトラブルについて

041  8月1日から開催されている『あいちトリエンナーレ』の企画展『表現の不自由展・その後』 が中止になった事について、論争がおこっています。

 『表現の不自由展・その後』は日本の公立美術館で、展示が不許可になった作品を展示したもので、その中で特に『平和の少女像(慰安婦像)』の展示と昭和天皇の写真を燃やして踏みつける動画が問題になり、抗議が殺到したり、放火の脅迫まで起って逮捕者まででる状況。

 展示を中止された出展者(企画者)は「表現の自由の侵害だ」「憲法21条違反だ」(この展覧会が愛知県や名古屋市などが主なスポンサーだったため)「検閲だ」と抗議。

 それを逐一マスコミが取り上げたりネットでも話題に上ったりして、更に騒ぎが大きくなってしまってます。

039  私がこの騒動にふれて思いだしたのが、10年前に(アメリカの)大学の教養で取っていたヒューマニティーのクラスの時に書いた期末レポートのことでした。

 アメリカでヒューマニティーのクラスは『芸術全般を広く浅く学ぶクラス』で、私はそのクラスで『どんなものでも芸術になりうるのか?』というテーマで期末レポートを書きました。

 私のレポートは、ある展示物が芸術作品として認められるかどうかを論文や本などを調べて考察するという内容でした。

 その時に調べたことによると、

芸術(アート)作品とは、
「美学的目的と倫理的な要件を満たしているもの」
だそうです。

美学的目的って言われても…なのだけれど、美しいもの、上品なもの、調和のとれたもの、などのポジティブな表現や体験を鑑賞者にもたらすことによって、作者と鑑賞者の間に(感情や考えなどの)やりとりを生むものらしいです。
(文字で表現すると抽象的でわかりにくいのだけれど、平たく言うと、美的手段を通して作者と鑑賞者がやりとりや情報の伝達のできるものを芸術作品と定義するようです。)

美学的目的はいいとして、では、倫理的要件は?というと、芸術作品は鑑賞者を無視しては成り立たないので、鑑賞者の立場や倫理的価値観を考慮したものでなくてはならないという事です。
(作者の一方的な思想や価値観の押しつけは芸術作品ではない。) 

  私の調べた文献の一つの“Aesthetic Obligation” という記事の中でイートン(Eaton)は、表現の自由は鑑賞者の倫理的価値観を侵害しないものであるべきだ、と主張していました。

031

 イートンの考えに照らし合わせると、今回の騒動の元になった展示作品のいくつかは鑑賞者の倫理的価値観を考慮に入れているようには見えないので、芸術作品の条件をみたしていないことになりそうです。

 「表現の自由が~」と騒ぐ企画者側ですが、そもそも、芸術作品ではないものを芸術展で展示しようとすることに無理があるのでは…
(芸術作品ではないものの展示を許可しちゃった主催者側にも問題が…)

 企画者の目的は鑑賞者に美的体験の機会を提供するものではなく、自分の思想を一方的に押し付ける(&騒ぎを起こして注目を浴びる)ことだったので、こんなに多くの批判にさらされたのではないかと思います。

 とはいえ、これだけ騒がれたら問題の展示そのものは中止されたものの、世間の注目を集めることには成功しているので、展示企画者の思うつぼであることは確かなようです。

※注:記事中の画像は2009年にヒューマニティーのクラスの課題で訪れたミュージアムで『あいちトリエンナーレ』とは関係ありません

 

・倫理的価値観:善悪や正誤の判断の基準となる(倫理的)原則で、個々人の行動や選択の基準になるもの。

 

・引用:

Eaton, M. M.  “Aesthetic Obligation.” The Journal of Aethetics and Art Criticism 2008,
Winter: 66:1, 1-9.

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コメント

>正体不明さん
 訪問&コメントありがとうございます。
そうですよね。
個人的に(芸術だと思うものを)自分のお金で展示するには問題ないですよね。
(税金を含む)人のお金でやろうっていうのが図々しいですよね。
 
 
 
>OKCHANさん
 訪問&コメントありがとうございます。
時間が経つにつれ、この展示の企画のスタッフが政治的な活動をしている活動家だという事が徐々に明らかになってきましたね。
 やはり芸術を標榜した政治活動だったのですね。
政治活動に公金を投入するのはダメでしょう。

 
 

>FUJIKAZEさん
 こんにちは~
訪問&コメントありがとうございます。
 ネットでこの問題の背景が徐々に明らかになってきていますが、この企画の内容について知事は理解していたようですね。
 名古屋市長は知らなかったようで、事前に企画の内容が明らかになると反対にあうのは目に見えていたので、開催まで巧妙に隠されていた感じがします。
 投入された税金はどうなるんでしょう?
 

投稿: yuuki | 2019年8月12日 (月) 22時50分

こんばんは!
yuukiさんのおっしゃるとおりだと思います。
芸術とプロパガンダの違いも解らない人が知事を務める愛知県が気の毒だと思いますよ。
まぁ、そういう人を選んだのも愛知県民ですがね。
まぁ、色々と困ったものです。

投稿: FUJIKAZE | 2019年8月10日 (土) 22時59分

今回、展示作品について事前に公的機関は確認を行っておりません。
だから展示品を承知で許可したのではないようです。
表現の自由と芸術作品の展示という芸術祭の主旨を混同して騒いでいる津田大介氏たちは、おっしゃるように騒ぎになることそのことを狙っていたようですが、あまりのことに思惑が外れ、このあとの神戸での芸術監督も辞めなければならなくなりました。
当然でしょう。

投稿: OKCHAN | 2019年8月 9日 (金) 15時09分

確かに何でも「芸術」と言うのは、抵抗がありますね。「泉」という小便器の例もありますが・・・
ただ今回は、愛知県という公的機関が金を出したことが問題です。ある芸術家が言ってました。「公的資金に頼るような根性だからトラブルになる。自分の表現は自分の力で行え!」
私は彼女に賛成です。

投稿: 正体不明 | 2019年8月 9日 (金) 08時15分

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