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2024年6月

2024年6月14日 (金)

3度目の転職 その1 転職決意の動機

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 はアメリカで働き始めてから今まで2度転職しています。
 1度目の転職については過去記事『青天の霹靂ーアメリカで失業ー』、『レジメの準備』、『レジメの書き方と職探しのアドバイス』、『レイオフに至った状況』、『ネットで転職活動』、『転職ワークショップ』、『面接~2ウィークス・ノーティス』、『退職後~使用期間~本採用』に書いてあるので興味のある方は参考にされてください。
 2度目の転職に関しては今のところ記事は書いていないのですが、機会があったら記事にする予定です。

 5月の末にの3度目の転職先が決まったので、記憶が新しいうちに経緯を記事にする事にしました。

 が今回の転職を考え始めたのは去年(2023年)の秋(10月末くらいだったと記憶)でした。

 理由は直属の上司のパワハラが激化したためです。

 の部署は入社当時は別の部門に属していたのですが、組織の編成が変わって2017年くらいに件の上司の組織に属するようになったそうです。
 この直属の上司は、他にもう1つ部署を抱えていて、の部署はその上司の分野とは畑違いなうえに、2人しか人がおらず部の規模が小さかったため、その上司にとってはお荷物のような扱いだったようです。
 お荷物なら放って置いてくれればよいのですが、その上司は過干渉で自分のやり方で事が運ばないと、部下にダメ出しして自分のやり方に従うように強制するタイプの人でした。
 毎週のようにその週に行った仕事の内容の詳細な報告メールを義務付けて、取引先との全てのメールをCcで共有するように指示し、自分のやり方と違っていたら、部下を呼びつけて説教し、自分の指示通りにしろと修正を強要してくる、部下に仕事を委任することの出来ないパワハラ気味の上司でした。

 2022年の秋に、と同じ部署で働いていた同僚のTさんが(表向きは?)家族の都合で仕事を辞め、その後新しく2023年の3月に採用された日系人女性の同僚が試用期間が終わって間もなくの7月末に辞めていきました。

 日系人同僚が辞めた時は一悶着あったらしく、件の上司が休暇を取っている間に、HR(人事課)へ辞職を告げに行ったそうです。
 アメリカでは被雇用者が辞職する時は手続きや引継ぎのため、辞める日の2週間前に直属の上司に文書で知らせる(2ウィークス・ノーティス)が一般的な辞職のプロセスなのですが、彼女は2ウィークス・ノーティスまる無視でHRに話を持って行ったようです。

 の勤めている会社の規定では、2ウィークス・ノーティスの期間は引継ぎのため出社が義務で、残った有給は清算して退職時に支払われる事になっているのですが、彼女は「最悪な職場環境だ!有給のお金なんていらん!今すぐ辞める!」と、言い捨てて職場を去ってしまったのだとか。

 件の上司は休暇を切り上げて説得のために戻ってきたのですが、彼女は聞き入れずに辞めていったそうです。

 その日系人同僚が辞めて以降、直属の上司の監視がさらに厳しくなり、取引先のみならず社内宛てのメールも全て共有するよう強制され、親睦会などで他部署の人と雑談していたら、何を話していたのかしつっこく詮索して来るようになったそうです。

 その上に辞めた日系人の同僚の分まで仕事を押し付けられ、引継ぎなしで仕事を振られたため、状況を把握するのに時間がかかり、直属の上司のスケジュール通り押し付けられた仕事が進まなかった事を執拗に叱責されたりしていました。

 パワハラが酷くなったのは、辞めた日系人同僚の後釜が2023年の10月に見つかった頃からでした。
 取引先に提出する書類の英語がおかしいからやり直せなど、ダメだしが激しくなり、何度も書き直しを要求して言われた通り直すまで書類にサインをするのを拒んだため、提出の期限が過ぎることが度々ありました。
 ダメ出しのせいで期限に間に合わなかったのに、「が無能だから仕事のパフォーマンスが落ちている」と叱責、本来の仕事の上に件の上司が勝手に考えた改善プログラムなるものを押し付けられ、それに対する返事を後釜が入社してくる11月末までにレポートに纏めて提出するように要求して来ていました。
 その改善プログラムの内容も要するに、「なんでお前は自分の思った通りに動かないんだ」と、言うもので、超能力者で件の上司の考えが分かる状態でなければ返答不能のものでした。

 改善プログラムを押し付けられた時に、が私に相談して来たのですが、私はその改善プログラムを見た時に「これはどこかで見た事ある」デジャヴを感じました。
 アメリカで最初の転職をした時の上司の嫌がらせと全くと言っていいほど同じだったため、「これは何をやっても駄目だ、この上司はを首にしたがっている。しかも、の無能さを理由にするための証拠集め(でっち上げ)をしている」と、すぐに気がつきました。

 件の上司のパワハラ以外は待遇も人間関係もかなり良い職場だったため、は転職を渋っていたのですが、私が「何をやっても無駄だ」と、一回目の転職の時の例を挙げて類似点を説明。
 が職場以外の友人などにも相談したら、解雇の準備をしている(その後解雇になる)可能性が高いと言う見解だったので、解雇を切り出される前に転職先を探すことに納得しましたようです。

 転職の決意だけで随分長くなってしまいました。
 転職経緯の続きは次回以降にUPしたいと思います。

 
 

 

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2024年6月11日 (火)

ハミングバード・ケーキ

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 ハミングバードケーキは、バナナとパイナップルで作るフルーツケーキで、アメリカ南部のデザートです。

 バナナを買ったのは良かったのですが、買い物袋に入れっぱなして食べるのを忘れていて、茶色いスポットのあるバナナが沢山余っていたのでバナナを使ったハミングバードケーキを作る事にしました。

 ケーキにはマッシュしたバナナと刻んだパイン(缶詰)と刻んだピカーンが使われていて、ケーキに塗ってあるクリームはクリームチーズと粉砂糖で作ったフロスティングです。

 フロスティングがかなり甘いので、ケーキの砂糖の分量を1/4控えて作りました。
(それでも、「甘すぎ」とに言われましたが…)

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 アメリカのレシピで作ったら、かなり大きなケーキが出来上がってしまい(12人分と書かれていたけれど、16等分くらいが一人分として適当なのではないかと思いました)、家族3人で一度に食べきるには多いので、友人のCさんに3切れおすそ分けしましたが、残りを食べきるのに5日かかってしまいました。

 

 

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2024年6月 8日 (土)

Meadow Brook Hall 6

前回の記事からの続きです。

今回でMeadow Brook Hallの記事は最後になると思います。

使用人エリア:

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(↑使用人エリアの廊下)

 ウィルソン家族が住んでいた当時と違って、使用人エリアとの間の全てのドアは開けっ放しになっていたのですが、今回のツアーでは使用人エリアは移動のために階段を使ったり、一部の部屋を見学しただけでした。

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(↑医療品の部屋:薬やガーゼや包帯、体重計や医療の道具などを保存しておく部屋。
救急箱の物置部屋バージョン。)

 Meadow Brook Hallでウィルソン家族が暮らしていた当時は田舎で、年に何回か医師が訪れて家族の健康診断を受けていたそうです。
 また、病気などになった時も医師に往診してもらっていて、健康診断や往診に必要な医薬品や器具を医師が持ってこれなかった場合に備えてストックしておく物置のような部屋がありました。

 診療に訪れた医師も遠距離を移動してくるので、診察が終わった後滞在出来るように使用人エリアにいくつかゲストルームがあるそうです。

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(↑↓使用人エリアのゲストルーム)

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 ↑の画像の使用人エリアのゲストルームは養子のリチャードが大きくなってナーサリー(育児室)が必要なくなった時に、リチャードの寝室として使われていたそうです。

 ロフトや自分専用のゲストルームのあるマチルダの実子たちのプライベートスペースと比べて、養子の部屋はシンプルで格差だなぁ…と、思いました。

ツアーについて:

 前回2015年にツアーに参加した時とツアーの内容やツアーの種類、料金などが随分変わっていました。
 以前はミュージアム・ストアでツアーチケットを販売していましたが、今はオンラインでの予約&支払いになっています。

 詳しい情報は↓のURL(英語)を参考にしてください。

https://meadowbrookhall.org/tours/ 

 

続きを読む "Meadow Brook Hall 6"

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2024年6月 5日 (水)

Meadow Brook Hall 5

前回の記事からの続きです。

2階

 階段を上がって左手の廊下にはゲストルームやナニーの部屋と子ども部屋、マチルダの寝室、アルフレッドの寝室などがあります。

フレンチ・ゲストルーム:

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(↑↓フレンチ・ゲストルーム)

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 階段ホールから左手の廊下の入ってすぐ右側(裏庭側)に、フレンチゲストルームがあります。
以前の記事にチューダー・リバイバル様式の建物と紹介したのですが、フレンチルームはロココ風の内装になっていました。

ナニー(乳母)の部屋とナーサリー(子ども部屋):

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(↑左:ナニーの部屋、右:ナニーの部屋の呼び出し用の電話)

 フレンチゲストルームの向かい(ロータリー側)にはナニーの部屋とナーサリーがあります。

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(↑ナーサリー)

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(↑ナーサリー・キッチン)

 マチルダと再婚相手のアルフレッドには実子はいなかったのですが、リチャード(1929年生まれ)とバーバラ(1931年生まれ)の2人の養子をとっていて、ナーサリーは2人の養子のための部屋です。

 Meadow Brook Hallの建物は使用人スペースと家族のスペースが完全に分けられていて、使用人は使用人スペースで寝起きするのですが、ナニーだけは子どもの世話をするため、部屋が家族のスペースにあてがわれていました。

 ナニーの部屋は、バーバラにナニーが必要でなくなった後は、バーバラの部屋として使われました。

イタリアン・ゲストルーム:

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 ナーサリーキッチンの隣はイタリアンゲストルーム。
イタリアン・ゲストルームは天井に梁(多分化粧梁)を設けたイタリアっぽい内装になっていました。

アルフレッドの寝室:

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 フレンチ・ゲストルームの隣がアルフレッドの寝室で、

 寝室は隣のマチルダの寝室と繋がっていて行き来ができるようになっています。
 当時の裕福な家庭は夫婦がそれぞれ持つことが一般的だったため、夫婦別室になっているようです。
 アルフレッドの寝室のバスルームはシャワーがあって、シャワーヘッドは14金で出来ているそうです。

マチルダの寝室:

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(↑マチルダの寝室)

 アールデコ調のインテリア。

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(↑マチルダのバスルーム)

 マチルダのバスルームにはシャワーはなくてお風呂のみだそうです。

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(↑左:マチルダのクローゼット、右:マチルダの靴や小物を収納しておくクローゼット)

 プライベートエリアの内装の殆どが建築当時の流行りだったアールデコ調でした。

 マチルダは毎朝6時起床で乗馬をしてから身支度を終えて仕事をしたそうです。
 マチルダの仕事はダッジモータース売却後は市民活動や社会活動や慈善活動で40以上の団体をサポートしていました。
 家事は全て使用人が担っていて、家の中の家事を行うために25人くらいの使用人が働いていたそうです。
 屋外の家事は35人くらいの使用人が従事していました。

 使用人のエリアと家族のエリアの間にはドアがあって、普段は閉まっていて仕事以外では使用人は家族のエリアには入れない決まりになっていました。

 次回は使用人エリアの画像をUP予定です。

 

 

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2024年6月 2日 (日)

Meadow Brook Hall 4

前回の記事からの続きです。

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(↑1階のエントランスホールから2階へ上がるメインの階段)

2階

 2階部分はプライベート空間で、寝室やゲストルームなどがあります。

ダニエルのプライベートスペース:

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(↑ダニエルの寝室)

 ダニエル(弟)はマチルダの前夫(ジョン・F・ダッジ)との2番目の子どもです。
 ダニエルのプライベートスペースは階段を上がりきって階段ホールの右の2つの廊下のうち右側の廊下に沿ったいくつかの部屋で出来ています。

 廊下の奥からダニエルの寝室、バスルーム、クローゼット、一番手前がゲストルームになっています。

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(↑ダニエルのバスルーム)

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(↑左:フランシスの廊下からロフトへ上がる階段
中:鹿の頭部の上のダニエルの寝室がロフトから見渡せる窓
右:ダニエルのクローゼットとロフトへつながる梯子)

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(↑ダニエルのゲストルーム)

 ゲストルームにはソファーとテーブル、バスルームもついていてホテルの部屋のような感じです。
 子どもの友達のためにゲストルームがあるなんて、どんだけお金持ちなの~って感じです。

 ダニエルのプライベートスペースの部屋の窓は玄関前のロータリー側を向いています。

フランシスのプライベートスペース:

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(↑フランシスの寝室)

 フランシス(姉)はマチルダの前夫との最初の子どもでダニエルの姉になります。
 フランシスのプライベートスペースは階段を上がって右側の2つの廊下のうち左側の廊下に沿ったいくつかの部屋で構成されています。

 ダニエルのプライベートスペースと同様に、奥から寝室→クローゼットとバスルーム→ゲストルームの順に並んでいます。
 唯一違うのはロフトに上がるのは梯子ではなくて階段だった点です。

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(↑左:フランシスのバスルーム、右:フランシスのクローゼット)

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(↑フランシスのゲストルーム)

 フランシスのプライベートスペースの部屋の窓は裏庭側を向いています。

 マチルダとジョン(前夫)との間には3人の子どもがいたのですが、末っ子のアナ・マーガレットはMeadow Brook Hallに住む前に4歳で麻疹でなくなっています。

 階段を上がって左手の廊下にはゲストルームやナニーの部屋と子ども部屋、マチルダの寝室、アルフレッドの寝室などがるのですが長くなったので次回の記事で書くことにします。

 

 

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