アメリカで転職

2013年12月 1日 (日)

退職後~試用期間~本採用
-アメリカで転職7-

201111_208s 転職関連のネタも遂にこの記事で8回目。
12月になってしまったことだし、今日こそはシリーズ最後にしたい、退職後色々あった出来事を上手くまとめて書けるかなぁ…

 昨日の記事からの続き

 2ウィークス・ノーティスを提出した日から、少し早いクリスマス休暇に入ることになった
 ゆっくり出来るかなぁ~と、思っていたけれど、1月から始まる新しい仕事への準備で結構忙しかった。

 新しい会社との連絡は、引き続きインド人の人買いさん(アメリカの人材会社の人)がやってくれた。
  インド人の人買いさんは、新しく移る会社の専属のリクルーターを長年やっていて、その会社のことに詳しかった。
 アメリカの人材会社のシステムは色々だけれど、インド人の人買いさんの会社は、担当の会社の欲しい人材を探してきて、探した人が採用になると、採用された人の年収の何割かが報酬として支払われる仕組み。
 新しい会社との賃金の交渉や、転職のサポートを熱心にやってくれたのは、ただ単に親切心だけではなくて、彼自身の報酬にも影響してくるからだった。
 のように、賃金の交渉や雇用条件の交渉が苦手なタイプには、今回当った人材会社のシステムはとてもありがたかった。

 インド人の人買いさんから、退職後、新しい会社に出社するまでに必要な手続き関係ののリストが送られてきた。

201111_210s  まず、やらなければならなかったのは、ドラッグテスト。
アメリカの会社は、(バイトでも)採用前にドラッグテストを受けさせるのが一般的。
新しい会社からも、指定の病院に行ってドラッグテストを受けるように指示が来た。
 はドラッグどころか、アルコールもタバコも嗜まないのだけれど、娘の高校の時の先生が、ドラッグテストの前日に食べたポピーシードのパイのせいで、ドラッグテストで陽性になり、採用を断られた話を聞いていたので、転職活動を始めた頃からポピーシードの入った食べ物や風邪薬など避けるようにしていた。
 おかげで、検査の結果は陰性だった。

 第一関門クリア~
d(*'-'*)b イエーイ

 次にしなければならなかったのは、健康保険の延長の手続き。
アメリカでは、はじめの3ヶ月は試用期間で、その間は健康保険などの福利厚生が受けられない。
 国民皆保険制度はないので、公的な保険はない。
かわりに多くの会社が退職後も最長3ヶ月は(保険料は自腹だけれど)保険が延長できるシステムになっているので、試用期間中も引き続き前の会社の保険が使えるように、手続きが必要だった。
 前の会社で同僚だったS.Mさんにお願いして書類を届けてもらって、手続きを進めたのだけれど、担当が例の(夫が失業しかかっているのにレジメを2週間もほったらかしにした)人事の人だったうえに、クリスマス休暇が目前に迫っていたので、結果は推して知るべし。
 手続きが終わって、引き続き保険が使えるようになったのは3月に入って、試用期間も後一月を残すだけになった時点だった。

 さすがアメリカ事務処理が遅い。
(手続きをしてから2ヶ月かかったけれど、)とりあえず第二関門クリア~
v(・_・) ブイッ

 その他には、古い会社と新しい会社の事務手続きが色々あった。
 手続きをしていてひとつだけガッカリしたのは、7年間働いて退職金を全くもらえなかったこと。
 退職金を支払うように会社を訴えることも出来たのだけれど、(弁護士を雇うにもお金がかかるし、)理不尽な会社とこれ以上係わり合いになるのは嫌だったので、縁が切れたのをよしとして忘れることにした。
 残念なこともあったけれど、その他の手続き関係も順調にクリアして、新年を迎えることが出来た。

201111_212s 新年は、1月2日から新しい会社に出社。
 初日だから挨拶だけで午前中で終わるだろうと思っていたら、いきなり仕事の説明になったらしく、夕方7時くらいになってやっと帰宅した。

 インド人の人買いさんも、初日がどうだったか心配だったようで、夕方5時ごろ家電に電話がかかってきたので、まだ帰宅していないので、求職活動専用の携帯に連絡するように伝えた。

 求職活動を手伝ってくれた、J.CさんやG.TさんやS.Sさんに、無事転職できたことを伝えると、思ったより早く転職できたので、みなびっくりしていた。
 J.Cさんなんかは、早くても4~6ヶ月くらいかかると思っていたらしいから、うちののケースはかなりのスピード転職だったらしい。
 
 道理で2ウィーク・ノーティスを提出した時に、件のパワハラ上司が、「新しい仕事は決まったのか?」と、何度も聞いてくるわけだと思った。
 
 1月、2月、3月と、新しい会社のシステムや業務に慣れるのに忙しくしているうちに、試用期間はあっという間に過ぎ、4月になってめでたく本採用になりました。

☆(*^o^)乂(^-^*)☆ ヤッタネ!!
 
 本採用になって、新しい会社の福利厚生が以前勤めていた会社よりも、ずっといいことが判明。
 例えば娘の歯の治療なんか、以前の会社の保険では自己負担分が6500ドルと見積もりが出ていたけれど、新しい会社の保険では約1/7の1000ドル以下の自己負担金で治療できてしまった。

 おまけに、通勤時間は半分の15分になるし、お給料もちょっとだけ上がったし、海外出張は減るしで、いいこと尽くめだった。

 レイオフを言い渡された時は、
「どうしてこんなことに~(|||_|||)ガーン
「アメリカで転職活動なんて、どうすればいいんだ~」
と、途方にくれたが、
『転んでもただでは起きない』を地で行くような逆境に強い我が家。
 いい友人と(そのまた友人と)いい人買いさんのおかげで、無事仕事も見つかったし、何よりもパワハラ上司と一緒に働かなくて済むようになったのは、今回の転職騒動の最大の恩恵だったと思う。

 と、言うわけで、これにて長く続いた転職関連のシリーズはおしまいです。
お付き合いありがとうございました。
<(_ _*)> アリガトォ~


 

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-アメリカで転職7-"

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2013年11月30日 (土)

面接~2ウィークス・ノーティス
-アメリカで転職6-

5100_003s 転職関係の記事は11月中で終わらせようと思って、毎日連続で更新していたのだけれど、今週はサンクスギブン&ブラックフライデーもあって、思ったように記事の執筆が進まなかった。

 時間は遅くなっても、今日中にUPするぞ~
p( `o´ )qガンバルゾ~
 と言うわけで、昨日の記事からの続き

 は仕事や職探しやセミナーでバタバタしているうちに、あっという間に11月が終わってしまった。
 
 11月が終わった時点で、案の定、企業内への転職先は見つからなかった。
と、いうのも、
 企業内の求職や転職は人事課を通して申し込む決まりになっていたのだけれど、人事の担当者がサンクスギブンの前後2週間も休暇を取ってしまい、2週間のレジメは放ったらかしで申し込み先に送られていなかったからである。
 人事の担当が休暇から帰ってきたら、企業内の転職活動の期限は1週間後に迫っていていて、それまでに転職するのは不可能。
 失業しかかっている人がいても、しっかり休暇は取る、さすがアメリカンらしい働き方。
せめて休暇に入る前にレジメを申し込み先に送ってくれていれば、仕事が見つかったかもしれないのに…
 企業外への転職に力を入れていて正解だった

5100_012s_4 会社の求職担当がいい加減だったのとは対照的に、 モンスター・ドット・コムを見て連絡して来たアメリカの人材会社の担当は親切だった。

 人材会社の担当(人買いさん)はインド人で、日本で働いていたこともある人だった。
 カバーレターやレジメのチェックだけでなく、面接に行く企業の情報やニーズなどを細かく調べて教えてくれたし、給料の交渉の仕方や、面接が終わったら面接官にサンキューメールを書くなどの、アメリカの面接での慣習なども教えてくれた。
 面接の前日の夜には、電話で面接の練習までしてアドバイスをしてくれた。

 面接当日は、(欠勤理由をパワハラ上司に知られるのが嫌だったので)会社を無断欠勤して出かけた
朝から面接で午後には帰宅。
 一般的な面接だと思って行ったら、インド人の人買いさんが事前にかなり根回しをしてくれていたみたいで、先方は雇う気満々。
 面接に来ていたのは3人、全部現場の人間で、自己紹介もそこそこに、いきなり実際の業務の話になって、
「こういう時は、どういう対応をしますか?」
等の、具体的な質問が多かったらしい。
 
 当初は現場の人間と面接した後に、幹部クラスのボスとの面接が予定されていたけれど、インド人の人買いさんがボスを説得してくれて、ボスとの面接なしで採用が決まり、面接の2~3日後には採用確定の連絡が来て、給料の額などの雇用の条件の調整に入りました。

 面接の翌日、出社すると件のパワハラ上司が、欠勤の理由を根堀り葉堀り聞いてくるので、妻の調子が悪かったと返事をした。
 「妻の調子が悪い」は、転職活動のため会社を休まなくてはならない時のための言い訳で、件のパワハラ上司には「レイオフの話以来、妻が落ち込んでいて夜も眠れないようだ」と話していたし、同僚たちにはレイオフのことは知らせていなかったので、「妻が最近欝っぽい」と話してあった。
 実際のところは、妻(私)はピンピンしていて、企業外への転職活動モードになっていた。
(現在私が使っている携帯は、私の名義で契約して、転職活動専用機にして、に持たせていたもの。)

 インド人の人買いさんが給与の交渉のためのメールを添削までしてくれたおかげで、12月の中旬にはその当時よりもいいお給料で新しい会社との交渉が決まり、当時働いていた会社をその年いっぱい(12月31日)に辞めるために2ウィークス・ノーティス(辞表)を出すことになった。
 
 2ウィークス・ノーティスもインド人の人買いさんが文章を考えてくれて、は宛先をタイプして、文章をコピペして、自分の名前を署名して、会社と人事と件のパワハラ上司に提出するだけだった。
 
 が2ウィークス・ノーティスを提出した提出した時、件のパワハラ上司はレイオフではなくて自己都合退職されたことがショックで「どうせ仕事なんかないんだから出いけ!」と、ぶち切れ、事情を知らなかった同僚たちはの急な退職にびっくりした。
 
 レイオフを打診されてから1ヶ月と10日、は私物を少しずつ会社から家に持ち帰っていたし、会社から支給されたPCのメールなど仕事と関係のないデータは移動個人情報はすべて消去済み、携帯も連絡先など必要なものは移動して、残りは全部消去してあった。
 オフィスの机の上に、会社から支給されたPCと携帯だけを置いて帰ってきた。

 本当は今日で転職シリーズは書き終える予定だったけれど、文章をまとめる力がなくて長くなりすぎてしまった。
 退職後の様子は次回に続く…
 

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2013年11月29日 (金)

求職ワークショップ
-アメリカで転職5-

023s 昨日の記事からの続き…

 レイオフ通告以来、通常通り会社に出勤して業務をこなし、会社の規則で企業内の転職活動をし、(会社には内緒で)外部への転職活動を進めるという、多忙な日々を送っていた

 件のパワハラ上司は、の追い出しが確実になったと安心したのか、あからさまなパワハラの手を少し緩めてきた。
 に外部機関へ通報されたり弁護士を立てて訴えられるのを恐れたのか、転職活動に協力するポーズをとり始めた。
 協力はポーズだけで、実際は何もしないばかりか、下請けの企業の新卒レベル(給料半減)の求人の話を持ってきて、コンタクトを取るようにしつこく勧めて、企業内での転職活動をする時間を減らすなど、親切を装った妨害をしてくるようになった。

 レイオフの原因がわかった時点で、その企業に未練なんて微塵もなくなっていたは、パワハラ上司の勧めに従うふりをしながら、ひたすら企業外の転職活動に力を入れていた。 
 
 ネットでの転職活動の他に、G.Tさんに紹介してもらった、求職ワークショップやカウンセリングをやっているS.Sさんに連絡をとって、直近のセミナーの予約もとった。
 
 ネットでの求職活動はレジメを送ったりなど、面接に至るまでのいわゆる書類選考の活動しか出来ないが、S.Sさんの働いている機関の求職ワークショップでは、主に人対人での就職活動のノウハウに重点を置いたセミナーを開催していた。

 がS.Sさんに連絡をとった時は、丁度11月のセミナーが終わったばかりで、次のセミナーは12月の頭にしかなかった。
 S.Sさんに事情を話して、セミナーの前に面接になる可能性が非常に高いので、面接に備えてやっておいた方がいいことがあるかどうかを聞いたら、連絡した翌日に自宅まで来てくれることになった。
 
 S.Sさんの話によると、企業の面接で一番最初に訊ねられる質問は、
「あなたについて話してください」
とか
「自分をどう思いますか?」
といった、類のものが最も多いそうで、
 その質問に、2分くらいで短く自分を売り込むことができたら、面接官の印象がぐっと上がるということだった。
 S.Sさんは、面接に備えて2分間の自分を売り込むCMを作るようににアドバイスして、もしも、セミナーの前に面接の予定が入ったら、(S.Sさんに)連絡するようにと言ってくれた。

 結局、アメリカの人材会社(人買いさん)の紹介してくれた企業の面接は、セミナーの翌日だったので、面接にギリギリ間に合った。
 
 求職セミナーは、5~6人の小グループで、一人一人が面接の模擬をやって、それを見ていた他の人が、感想を述べたり改善点をアドバイスしたり、近くの会社に突撃訪問して面接の予約を取ってくる活動をしたり、電話での話し方のアドバイスや、面接の時の服装、統計資料を使った求職の進め方(傾向と対策?)など、役立つ活動が沢山あったらしい。
 
 が求職セミナーに参加して驚いたのは、以外のセミナーに来た人全員が、勤続年数が3年以下だったこと。
 が「7年勤続している」と言ったら、アメリカ人は「長いね~」と、驚いていたみたい。
統計でも、アメリカ人は平均2~3年で転職を繰り返していると言うデータがあるそうです。

 さて、求職セミナーの翌日は、ドキドキのアメリカで初めての面接。
面接の結果は…次回に続く…
 

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2013年11月28日 (木)

ネットで転職活動
-アメリカで転職4-

Dsc00799s 昨日の記事からの続き

(←モンスター・ドット・コムのウェブページ)

 「こうなったら、出来るだけ早く転職先を決めて、クソ上司にリベンジだ~」

(`∇´*)o"エイ(`∇´*)o"エイ(`0´*)ノ"オゥ!!


と、社外への転職に力を入れることを決めた私たちだったが、新しい職探しは地道な作業だった。

 アメリカにも、日本の職安にあたるようなサービスはあるのだけれど、失業者優先で、お役所関係が管轄しているので、対応がのんびりしている。
 終身雇用制のないアメリカでは、転職が頻繁に行われていて、求人や求職の情報もめまぐるしくかわるので、スローテンポの職安での職探しではまともな仕事を見つけるのは至難の業。

 「今の時代はネットでしょ!」
と言うことで、(J.CさんやG.Tさんの勧めに従って、)転職の情報を収集するために、ネットの求職サイトやビジネス系のSNSに登録することにした。

 まず、手始めに職探しでは有名所のモンスター・ドット・コムへ登録。
その後、日英バイリンガルの職探しのサイトなど、2~3件のサイトに登録。
 登録の仕方は簡単で、サイトの指示に従って情報を入力していけば登録完了。
 登録完了後は、自分の必要に合わせて公開する情報を選んだり、ある一定の企業からアクセスできないように設定したり、レジメを添付したりすればOKです。

 モンスター・ドット・コムには求職だけでなく、求人のページもあって、求職者が興味のある企業に問い合わせることが出来るのですが、私の仕事は求人のページを調べて、の職歴と合いそうな職種を募集している会社を探すことだった。

 また、J.CさんやG.Tさんの話によると、約80%の人がビジネスSNSを通して仕事を見つけていると言うことで、2人が勧めてくれたLinkedInというビジネスSNSに登録することになった。

Dsc00802s(←LinkedInのウェブページ) 

 LinkedInは、フェイスブックのビジネス版のような感じで、友達を承認していくことで、友達の友達のそのまた友達と、人のつながりで情報を共有・遣り取りするシステム。

  が登録した時は、登録をしたメールアドレスの住所録に入っているコンタクト先に、LinledInのお誘いのメールが自動的に届くような設定になっていたので、友達にしたくない人(の場合はパワハラ上司や当時働いていた企業の人間)に連絡が行かないように、都合の悪い人が履歴に入っているメールアドレスは登録しなかった。

 求職サイトに登録して間もない頃は、求人リストの中から興味のある企業にコンタクトを取るのが主でしたが、登録後2~3日したら、人材会社や企業の人事担当からのコンタクトが入ってくるようになった。
 
 モンスター経由でコンタクトを取ってきたのは、ほぼ100%人材会社(私たち夫婦は「人買いさん」と呼んでいた)で、
人買いさんたちは電話で直接コンタクトしてきて、求人している企業の名前は伏せて、まず(給与や勤務地などの)こちらの希望の条件を聞いて、企業の求人とこちらの希望が合えば、企業へ紹介してもらえるシステムのようだった。
 
 は日英バイリンガルということで、日系の人材会社が何社かコンタクトを取ってきたのだが、日系の人買いさんが取引をしている日系企業は、基本給がその時に働いていた会社より大幅に低いところが多くて、どれもの希望には一致しない。
 
 日系の人買いさんからの問い合わせが多い中、ある日、アメリカの人材会社から「ぜひ、紹介したい会社がある」と、電話がかかってきた。
 話を聞くと、がエンジニア時代にやっていた仕事に関連のある分野で、おまけに辞めようとしていた会社の基本給と同額かそれ以上の額を保証できると言うことだったので、話を進めてもらうことにした。

 LinkedInを通しても、1件だけ企業の人事担当から連絡があったけれど、業界は一致していたけれど部門が一致しなかったので、面接には至らなかった。
 LinkedIn経由の求人コンタクトは少なかったけれど、LinkedInにレジメを載せておいたら、友達や知り合いが添削をしてくれたり、知り合いが所属する色んな企業の情報がやり取りできて、かなり有益だった。

 次回に続く…
 

 

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2013年11月27日 (水)

レイオフに至った状況
-アメリカで転職3-

012s 昨日の記事からの続き。

 J.CさんやGTさんのアドバイスを受けたり、レジメを書いているうちに、3ヶ月のスキルトレーニングプログラムの実態や、レイオフに至った状況がだんだん見えてきた。

 最初は、直属の上司のパワハラが酷かったので、直属の上司が単独犯行かと思ったのだけれど、直属の上司の上司に相談しようと、連絡を取るけれど「会議中だ」と逃げられてつかまらない。
 周りの状況や同僚からの情報を集めていくうちに、幾つかの原因が複雑に関係していることがわかってきた。

直属の上司は、元同僚だったのだけれど昇進しての上司になった。
彼は(アメリカ人だから)英語は達者で幹部にとりいるのはうまいけれど、技術に関してはうちのの方が詳しかったため、に自分の地位を奪われるのを恐れていて、常にライバル意識むき出しだった。

日本のチームに新しく入ったマネージャーが、口ばっかりで仕事をしな(出来ない?)くて、関連するアメリカの仕事にまで支障がでていたので、が日本チームのマネージャーに日本チームの役割をきちんと果たすように注意をしたのが原因で、ことあるごとに対立していた。
 
直属の上司と日本のチームのマネージャーで、邪魔なを追い出す作戦を実行していた時に、

ヨーロッパの本社で移動があって、中国に転勤するように言われたヨーロッパ人のマネージャーが、「中国は嫌だ」とアメリカに移動させてくれるようにゴネたので、アメリカに移動することになったが、彼が来ることになったため、アメリカの会社ではマネージャーが余剰になってしまい、誰かを辞めさせなければならないことに…

当時アメリカのオフィスには、日本人はしかいなくて在米の日系企業との橋渡しをしていた。
ところが、日本のチームで働いていた日本語の喋れる一般職のアジア人が、震災以来、放射能を恐れて、しつこくアメリカに転勤願いを出していたので、彼をアメリカに転勤させればマネージャーは減らせるし、日本語の喋れる人を確保できるしという状況が出来てしまった。

 これらの4つのカードが揃ったところで、日米のマネージャーとヨーロッパの本社の幹部で、レイオフを決めて実行したというわけである。

 技術畑出身の元エンジニアだったは、出世欲もないし、人間関係の文(あや)を読み取るのが苦手で、周りでこれだけ自分を辞めさせようと圧力がかかっているのに、全然気がついていなかった。
 実際に職場を見たわけでない、の話の断片や家で持ち帰って仕事をしているのを見ているだけの私でも、はっきりとわかるほどのパワハラだったのに、本人は解雇を言い渡される1月くらい前にパワハラが激化するまで、嫌がらせに全く気が付いていなかった。

 "o(-_-;*) ウゥム…
驚くほどの鈍感力というか、世渡り下手と言うか…

 おまけに、は駆け引きのできないストレートな性格なので、にうまく行っていないプロジェクトの責任を転嫁して、レイオフに持ち込むのは、赤子の手をひねるより簡単だったのではないかと思う。
 
 ヨーロッパの本社の幹部や、日本のマネージャーまで絡んだレイオフだと、どう頑張っても1ヶ月以内に企業内で転職先を探すのは絶望的。
 運良く見つかったところで、会社の体質は変わらないのだから、第2、第3のレイオフの可能性もあるし、何よりのんびり屋でお人よしのが生き残れる会社ではないと感じたので、社外に転職先を探すことにした。
 
 そんなこんなで当時働いていた会社に見切りをつけたと私は、表面的には会社の規則の1ヶ月の企業内転職と3ヶ月のスキル向上プログラムをこなして時間稼ぎをしている間に、外の企業への転職活動に本腰を入れることになった。

 の直属の上司は、夫をレイオフにしたら、それまでが処理していた仕事をヨーロッパから来るマネージャーとアジア人の一般職にさせる目論見でいたようだが、直属の上司のプランには問題点があった。
 の代わりに日本企業対応要員で呼ばれるアジア人の一般職の人の日本語は、(日本語の喋れない外国人から見たら流暢に見えるのだろうが)何とか通じている状態で細かい仕事の打ち合わせが出来るレベルではない、おまけに彼の英語力は日本語よりレベルが低い。
 そのうえ、ヨーロッパから来るマネージャーはアメリカの業務内容に詳しくないので、慣れるまでに時間がかかる。
 が3ヶ月プログラムをこなすことなく辞めてしまうと、業務に何らかの支障が出てくるのは必至。 

「こうなったら、出来るだけ早く転職先を決めて、クソ上司にリベンジだ~」
(`∇´*)o"エイ(`∇´*)o"エイ(`0´*)ノ"オゥ!!

 次回に続く…
 
 

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2013年11月26日 (火)

レジメの書き方と職探しのアドバイス
-アメリカで転職2-

034s 昨日の記事からの続き…

 転職活動の手始めとしてまずはレジメからと言うことで、7年前に使ったレジメに新しい情報を加えたり、手直ししてJ.Cさんにわたしました。

 J.Cさんは一応目を通したのですが、J.Cさんが働いている業種・業界との働いている業種・業界が違うので、文法的なチェックは出来るけれど、の希望する業界の企業への売り込むポイントがわからないと言うことで、J.Cさんの友人でと同じ業種・業界で、人事担当をしているG.Tさんを紹介してもらいました。

 G.Tさんとは、J.Cさんとと私の4人で会って、幾つか職探しのアドバイスをしてくれました。

 まず、G.Tさんは、のレジメを一目見て、日英バイリンガルと現在の業界ではなくて最初の業界で働いていた履歴をセールスポイントにして、レジメを書き直すように勧めてきました。
 
 レジメは一般用のものと、申し込む企業のニーズに合わせて、強調するポイント(スキルや職歴など)を変えたものを幾つかと2種類準備すること。
 レジメに添付する、カバーレター(挨拶状)を書くように言われました。

 G.Tさん曰く、
「多くの人はレジメで就職が決まると思っているが、レジメは面接に漕ぎつけるための手段。カバーレターはレジメを読んでもらうためのもの。
カバーレターが魅力的じゃなかったら、レジメは読んでもらえないし、レジメが興味をそそるものでなかったら面接もしてもらえない。」
と、レジメは就職活動の入り口でしかないことを強調。
「就職活動を左右する最も大事なことは、採用を決める人にいかに好印象を与えるかだ。
と、人事の立場から話してくれました。
 
 レジメを書き直したら、一般用のレジメをモンスター・ドットコムなどの就職・求人サイトやLinkedInなどのビジネスSNSに登録して最新のレジメを添付するように指示されました。
 就職サイトに登録すると、求人のコンタクトの他にも、セミナーや学校の案内などのコンタクトも来るので、不要なものは整理が必要になってきます。
 夫当時働いていた会社の規則で、1カ月間の企業内職探しの後3ヶ月プログラムのスケジュールをこなしながら、外部での職探しをすることになるため、整理のための時間が取れないので、就職・求人サイトのチェックは私が担当するようにアドバイスを受けました。

 また、G.Tさんの知り合いで、教会で職探し活動のワークショップやカウンセリングをやっているS.Sさんに連絡を取って、次回のセミナーの予約を取るように勧められました。

 次回に続く… 
 
 

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-アメリカで転職2-"

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2013年11月25日 (月)

レジメの準備
-アメリカで転職1-

031s 本題に入る前に、昨日の記事の書き方が誤解を呼んじゃったみたいなので、お詫びです。
 がレイオフになったのは去年の11月で、約1年前のことです。
 レイオフされた直後は、バタバタしていて記事にする余裕がなくて、今頃記事にしてUPしています。
 季節も一緒だし、去年の出来事だと言うことを強調していなくて、紛らわしい書き方で済みませんでした。
o(_ _)oペコッ

  昨日の記事からの続き…

 レイオフを言い渡された当日、はかなり落ち込んでいて仕事を午前中で切り上げて帰ってきた。
(というか、件の上司に「今日は帰れ」といわれたらしい。)
 
 一方、私はレイオフのニュースを聞いた時、あまり驚かなかった。
 実は、その1ヶ月くらい前からパワハラがかなり激しくなっていて、「英語の使い方がネイティブのようではない」などの、仕事の内容とは全く関係のないことで執拗に叱責したり、日本との繋がりのある仕事から外したり、という事が起きていたので、「解雇を言い出されるのは時間の問題だろうな」と、感じていたからです。
 
 レイオフが信じられないくて呆然とするに、日本とアメリカの両方の企業で務めたことのあるJ.Cさんに連絡をとって、相談するように勧めた。

 運良く、その日はJ.Cさんは休暇をとってお休み中で、解雇の知らせを聞いてすぐに飛んできてくれて、これからの対策をJ.Cさんとと私の3人で考えることになった。

 J.Cさんと話し合った結果、職探しの方法としては、知り合いを当ったり、インターネットの職探しのサイトやSNSに登録を勧められました。
 また、(アメリカでは仕事を辞めてしまうと健康保険などの社会保障がなくなってしまうので、)会社の提示する研修や企業内転職の期間を出来るだけ長くとって時間を稼ぎ、その間に転職活動を進めていくことで意見が一致しました。
  
 レイオフを言い渡された当日の時点では、まだ3ヶ月のスキル向上プログラムについてもハッキリした情報は聞いてなかったし、元同僚ともコンタクトを取れていなかったので、一般的な就職活動の手順として、レジメ(履歴書)を準備しようということになった。
 
 は(日本国内でだけれど)今までに何回か転職していて、そのうちの2社は外資系だったので、以前に使った英語のレジメはあるのだけれど、最後に使ったのが7年前で新しく加わった情報や職歴を書き換える必要があった。
 
 古いレジメを書き直したら、J.Cさんがチェックしてくれるというので、レジメを見直して今回の転職活動に使えるように書きかえることになった。

 次回に続く…
 
 

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2013年11月24日 (日)

青天の霹靂
-アメリカで失業-

Dsc00605s  前回の記事に、の転職のことをちらっと書いたのだけれど、去年の11月に入ってすぐ、がレイオフを言い渡された。

 表向きの理由は、「前年よりもパフォーマンスが下がったから」というものだったけれど、
何がどのように下がったのかの説明もなく、レイオフを言い渡される以前にパフォーマンスが下がっていることの注意も警告もなし、問題点を改善するための援助もなし、など、解雇のための法的な手続きを踏んでいない、所謂不当解雇だった。
 
 おそらく本当の理由は、直属の上司がを嫌っていたため。
 上司が嫌っていたからではないかと考える根拠は2つ。

 一つは、会社のサポートでグリーンカード(永住ビザ)を取得してまだ半年だったこと。
永住ビザの申請には、弁護士を雇ったり申請料を払ったりなどお金がかかる。
永住ビザの費用は雇用主が払わなければならないことになっていて、グリーンカードをサポートした従業員に取得直後に辞められたら会社は大損なので、外国人はビザが切れたら使い捨てにすることが多く、長期間雇いたい特別の理由がない限り、永住ビザのスポンサーになることはない。
 表向きの理由が本当ならば、グリーンカードの申請中にすでにパフォーマンスが下がっていた筈なので、申請を取り下げれば済んだのにそれがされていない。
 取得後にパフォーマンスが急激に下がったとしても、かかった費用を回収するために様子を見るのが普通で、すぐに解雇と言うことは考えにくい。
 
 もう一つは、パワハラが酷かったこと。
 いくら個人的に嫌っているからといっても、仕事の成績が良いと辞めさせることは出来ないので、
・他の同僚の2~3倍の仕事(しかも業績が悪く問題が山積みの仕事)を割り振り、
・必要な情報を知らせず、
が進行役を勤める会議では議題とは関係のない話題を持ち出して妨害したり
・不必要なレポートを書かせて、何度も書き直しを要求して、本来の仕事をする時間を減らしたり、
・取引先とのミーティングからわざと外したり、
など、仕事の足を引っ張るためのパワハラがすごかった。
 だけでなく、気に入らない部下には嫌がらせをして、自己都合退職するように仕向けていたみたいで、この上司がボスになってからの他にもすでに3人が仕事を辞めていた。

 アメリカでは、上司が気に入らない部下をレイオフすることはよくあることみたいで、アメリカ人の友人にレイオフのいきさつを話したら、全員が「自分も同じ経験(上司と上手く行かなくてレイオフされる経験)をしたことがある」と話してくれて驚いた。
 
 の働いていた会社の規則によると、
パフォーマンスが良くなくてレイオフになる場合、
「1ヶ月は企業内で転職先を探すことができ、
1ヶ月以内に仕事が見つからなかった場合には、そのまま退職するか、3ヶ月間のスキル向上プログラムを受けて成績が良ければ元の部署に戻れるが、そうでなければ解雇」
と、いう仕組みになっていた。

 解雇を知らされた当日には知らなかったのですが、の以前の同僚で、そのプログラムを受けたことのある人にコンタクトを取って話を聞いたら、
「3ヶ月プログラムは、会社が『不当解雇』で訴えられないようにするための見せ掛けのプログラムで、社員のスキル向上のためではない。
到底達成できないようなタスク(課題)を与えて、やめさせる口実を作るためのもの。
3ヶ月プログラムを受けた人で元の部署に戻れた人は1人もいないから、プログラムの期間中に就職活動して別の会社を探したほうがいい。」
と、教えてくれた。

 この元同僚の話や、その他の状況から、その会社に残れる可能性はほとんどないことがわかったので、社外への転職活動をしなくてはならない状態でした。

長くなったので続きは次回…  
 

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-アメリカで失業-"

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